CONTENTS

エッセイ

吉川 洋 経済成長とイノベーション
藤田東久夫 変化と行動の経営
太田 光 お前は何者で、何になりたいのか
村本理恵子 ネット口コミをビジネスに活用する50のテクニック
坂本敦子 好機・勝機をつかむタイミングマネジメント(R)
森 達也 トップニュースは「松坂大輔」
牛窪 恵 新女性マーケット Hahako世代をねらえ!
吉川英一 不動産投資で、会社はいつでも辞められる!
池内ひろ美 「健全老化」のすすめ
飯田泰之 貨幣数量説とランダム・ウォーク

連 載

小室直樹 日本人のためのアメリカ原論(1) キリスト教の本質
嶋田 毅/加藤小也香 【連載】第7回 最新 MBA用語事典
高林秀樹 『CMO マーケティング最高責任者』
西村ヤスロウ 美人のもと(17)
松井宏夫 ビジネスマンのための健康ラボ【男性更年期障害】(17)
安土 敏 連載小説(33)小説「後継者」
佐和隆光 ハードヘッド&ソフトハート(61)免許更新が真に必要なのは教員ではない
武田双雲 瞬間の贅沢(20)
編集後記

◎――――巻頭エッセイ

経済成長とイノベーション

吉川 洋

Yoshikawa Hiroshi
東京大学経済学部教授。専攻はマクロ経済学。2001年〜06年に経済財政諮問会議議員、現在は政府税制調査会委員。

 先進国の経済成長を考えるとき、念頭に置くべき鉄則がある。それは「個別の財・サービスの需要は、いつか必ず飽和する」というものだ。  わかりやすい例として「エンゲル法則」が挙げられよう。家計が豊かになるに従って食費の占める比率は下がっていくという法則だ。これは、食費の支出はあるところで頭打ちになる(需要が飽和する)ことを示している。他の財・サービスも同じことだ。冷蔵庫は一家に一台普及すれば、とりあえず需要は頭打ちになり、以後は買い換え需要が主となる。
 これを経済全体で見ると、財・サービスが既存のものだけで中身が同じなら、いずれ需要が飽和してゼロ成長へ至ることになる。逆にいえば、経済成長が持続するためには、中身が変化していかなければならないということになる。変化を起こして経済を成長させる源泉――それこそが「イノベーション」なのである。
 経済成長に影響する要素としては「労働力人口」もある。日本は二〇〇五年より人口減少時代に入った。労働力人口に限れば、すでに九〇年代末から年率マイナス〇・五〜〇・六%となっている。働き手の数が減っていくなか、ゼロ成長以上は不可能だと考える人も少なくない。
 しかし決してそうではない。一例が日本の高度成長期である。当時、日本経済は年率一〇%の成長をしていたが、労働力人口の伸びは年平均一%にすぎなかった。残る九%は「労働生産性」の上昇が担っていたのだ。労働生産性は技術進歩(イノベーション)と資本蓄積から構成される。高度成長期の日本の経験は、決して特異なものではない。先進国の経済成長は、イノベーションの貢献が非常に大きいのだ。
 イノベーションを生み出すうえで、政府の果たすべき役割は何だろうか。イノベーションの主役は企業家である。その企業家が活躍できる環境を整えるのが政府の重要な仕事だ。
 たとえば日本経済における成長セクターとして医療サービス分野が考えられる。高齢化社会を迎えて潜在的な需要はきわめて大きい。だが、この分野は規制も多い。必要な規制はしっかり残しつつ、もし健全な発展成長を阻害するような規制があれば見直していくことが必要であり、それこそまさに政府の役割である。
 また、政府には金融システムの整備という重要な役割もある。シュンペーターは、イノベーションにおいては、企業家にファイナンスするバンカーの役割もきわめて重要だと述べている。多様で円滑な金融システムがあってこそイノベーションの芽は育まれる。そうしたシステムを担保するのは政府の役割にほかならない。
 このように政府がさまざまな経済・社会システムを整えていくこともソーシャルなイノベーションであり、製品や技術面のイノベーションに劣らず大切なものである。
 以上のような多様なイノベーションの活発化が今の日本には強く求められている。それが実現できれば、これからの少子高齢化社会のもとでも、日本の潜在成長率は中長期でプラス二%は見込めるはずである。

◎――――連載

第1回 キリスト教の本質を現した国家

小室直樹

Komuro Naoki
1932年生まれ。京大理学部卒、阪大、東大院修了。ハーバード大、MIT、ミシガン大各大学院へ留学。
著書に『危機の構造』『経済学をめぐる巨匠たち』など多数ある。

アメリカの本質は「予定説」

 アメリカという国は、キリスト教の本質の現出である。
 キリスト教の本質は「予定説」である。予定説とは、ある人を救済するかどうか、神が一方的に決めるという説である。
 ところが、現世における予定もまた実現する(マルコによる福音書一一章二四節)。
 これを実現したのがアメリカである。
 アメリカが独立した時には、平等も実現せず、奴隷もたくさんいた。したがって、独立宣言は、実のところ実現などはしていなかった。
 これは将来における予定であり、その一つ一つが将来に実現する希望を表したに過ぎないのだと、敬虔(ルビ=けいけん)なプロテスタントである独立宣言の起草者たちは思っていたが、果たして歴史は、それが一つ一つ実現するように進展していったのである。
 アメリカ国民の中で、同様に敬虔なプロテスタントであって、大金持ちになった人々は、大金を儲ける以前に、既に金持ちであったと自称している。
 モルガン然り、エジソン然り、ロックフェラーもフォードも皆、同様である。
 一言で要約すれば、アメリカ人の大金持ちは若くて、未だ貧しかった頃も、将来、大金を儲けることを心に抱いていた。それが実現したのであった。
 実業家だけではなくて、発明家も同じであった。
 エジソンは、何も発明していない少年時代から、自分は将来、大発明家になると思っていた。そして、その思いが実現した。軍人や政治家も同じような例が多い。

予定説を体現したロックフェラー

 石油王ロックフェラーについて見てみよう。ジョン・D・ロックフェラーは、一八三九年、ニューヨーク州リッチフォードに生まれた。高校卒業後、オハイオ州の販売店で会計係の仕事をしていたが、この時、新しい事業を思いついたのだ。
 それは何か\\。一八五九年、ペンシルバニア州で原油の掘削に成功したことを知ったロックフェラーは、これから石油の時代がやってくると確信したのである。機械を使って石油を掘り当てたのは世界で初めてのこと。まだ、事業として成り立つかどうかもわからない段階で、ロックフェラーはそう思い込んだのだ。そして、この思いつきの数年後には、なんと実際に製油会社を設立してしまった。これが後のスタンダード・オイル社である。
 石油王としての道は、この時から始まっていた。ライバル会社を次々と廃業に追い込む一方で、企業買収も積極的に進めていき、一八八〇年代には全米の九割もの石油事業を支配したのである。市場を独占し、石油価格を高めに維持できたことから、スタンダード・オイルには巨万の富がもたらされた。さらに、このオイルマネーを使って石油事業以外にも進出し、現在では、銀行、保険、食品、航空、大手メーカーなど、アメリカを代表する大企業を傘下に収めている。
 巨額の富を得たロックフェラーは、事業から引退すると、ロックフェラー財団を設立して慈善事業家として活動する。これはロックフェラーが敬虔なプロテスタントであったからだ。石油事業での成功について、「神がお金を与えたもうた」と言い続けたロックフェラーは、篤(ルビ=あつ)い信仰心の下、自分の思いを実現した。彼こそまさに予定説を体現した人物と言えるだろう。

アメリカ経済を築いた金融王モルガン

 ロックフェラーに並ぶ財閥といえば、モルガン財閥を忘れてはならない。
 モルガン財閥の創始者、ジョン・P・モルガンは、一八三七年にコネチカット州ハートフォードに生まれた。父親はロンドンで金融業を営む事業家であった。モルガンは大学を卒業すると、ウォール・ストリートの銀行で働いていたが、後に独立して自分の会社を興した。さらに父の死後は、その跡を継ぎ、社名をJ・P・モルガン社とした。
 モルガンは、アメリカ経済の発展に不可欠であった資本を調達してきた人物である。西部開拓が進むアメリカは、大いなる経済発展の途上にあったが、資本の蓄積は不十分であった。外国から資金を引っ張ってこなければならない――。父親の会社を引き継いだモルガンには、世界の金融の中心地ロンドンとのパイプがあったのである。
 アメリカ国内の産業に資金を供給すると共に、モルガンは、アメリカの産業の再編も行っていった。急成長するアメリカ経済には、有象無象の企業が筍(ルビ=たけのこ)のように現れた。それは過当競争を引き起こし、利益の上がらない歪んだ産業構造をつくりだしていた。企業の倒産が続出するようなことがあっては、資金を貸し出している金融業にとってもマイナスである。そこで、モルガンは業界の再編を行った。
 当時、最も競争が熾烈であったのが鉄道業界。運賃引下げや線路拡大といった闇雲(ルビ=やみくも)な競争を抑えるよう仲介し、鉄道会社へ融資を行いながら、企業基盤の安定を目指した再編に着手した。再編した業界は鉄道だけではない。GEやUSスチールといった世界に冠たる巨大企業をつくりあげたのも、このモルガンの手法であった。
 モルガンのビジネスは、単に企業に資金を融資したり、業界を再編したりすることではなかった。再編の名の下、統合してできた巨大企業の株価を吊り上げて、その株を売り抜けることで、巨額の富を得ていたのである。現在のヘッジファンドなどと同じようなことをやっていたのだ。
 モルガンも、ロックフェラー同様、信仰心の篤いキリスト教徒であった。どんな企業に資金を融資するのかと問われた時、「私が信用しない人物は、敬虔なクリスチャンである私からお金を借りることはできない」と言ったほどである。

金儲けではなく社会奉仕

 アメリカに大衆消費社会をもたらしたヘンリー・フォードも夢を実現させた人物だ。
 ごく一部の富裕層だけしか持てなかった自動車を、誰でも持てるようにする。そんな夢のようなことを実際に成し遂げた。これがどれほど凄いことなのか。現代で考えれば、宇宙旅行に誰でも行けるようにするという夢を持ち、本当にそれを実現するくらい凄いことである。
 フォードは一八六三年、ミシガン州ディアボーンの農家に生まれた。子供の頃から機械いじりが好きだったフォードは、見習いの機械工を経て、エジソン電気社の技師となる。その後、内燃機関の実験を行い、自動車の試作にも成功した。一九〇三年にフォード・モーター社を立ち上げ、その五年後には、あのT型フォードを開発するのである。
 ベルトコンベアの流れ作業による大量生産で、常識を超える低価格戦略を行った。発売当初、一台八五〇ドルだったT型フォードをどんどん値下げし、一九二四年には二九〇ドルにまで下げた。アメリカの自動車の半分はT型フォードになるほど、売れに売れまくった。累計で一五〇〇万台を売り、自動車は一家に一台の時代となった。
 フォードは単に自動車の価格を引き下げただけではない。消費者もつくりあげたのだ。大衆に自動車を売るのだから、自社の労働者も自動車が買えなければならない。そのためには、どうすべきか――。労働者の賃金を破格に引き上げたのである。自動車を安くつくるには、普通は人件費を下げようと思いそうなものだが、大衆消費という市場を考えたフォードは、あえて逆の戦略を取ったのである。
 こうしたフォードの経営姿勢は、私利私欲のためではない。消費者に安くてよいものを売り、労働者に高い賃金を払う企業活動は、社会奉仕につながるという信念をフォードは強く持っていたのだ。これこそ、キリスト教的な発想ではないか。
 ただし、この想いがあまりに強すぎたため、フォードは時代の変化を読み誤ったところがある。豊かになった大衆は、より嗜好品としての自動車を求めたのだが、フォードは自分の理想を固持したために、時代の変化に対応し切れなかったのだ。

一%の閃きは実現する

 アメリカの本質を体現しているのは、ロックフェラーやモルガン、フォードのようなビジネスで成功した者ばかりではない。生涯で一〇九三もの特許を取得した発明王エジソンもまたその一人である。
 トーマス・エジソンは一八四七年、オハイオ州ミランに生まれた。小学校に入学したエジソンは、学校が合わず、わずか三カ月で中退。今でいう落ちこぼれであった。教師の経験のある母による家庭学習が、エジソンの教育の場であった。自宅の地下室で様々な実験を行いながら、科学や実験への関心を高めたこの頃、エジソンは既に大発明家になることを決めたのである。
「天才は一%の閃(ルビ=ひらめ)きと九九%の努力」というエジソンの言葉は有名だが、九九%の努力を維持するのは並大抵のことではない。海のものとも山のものともつかない閃きに、全努力を集中できたのは、「このアイデアは絶対に実現する」と信じることができたからである。その結果、電話、蓄音機、電球、発電機、映写機、電池など、数々の実用的な発明がなされたのは、まさに予定説といえる。
 アメリカでの成功例を見れば、多くが予定説によって成し遂げられたことに気がつくだろう。自分が救済されるかどうかは既に決まっているのだから、思い悩む必要はない。さらに自分の予定も決まっているのだから、それに全力を注ぐ。アメリカの急発展には、予定説が不可欠だったのである。

◎――――エッセイ

変化と行動の経営

藤田東久夫

Fujita Tokuo
株式会社サトー代表取締役執行役員会長兼最高経営責任者(CEO)。一九五一年生東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了。博士。(学術)Ph.D。


たった三行で会社は変わる―変化と行動の経営

『たった三行で会社は変わる―変化と行動の経営』
藤田東久夫:著
●1470円(税5%)

ダイヤモンド社刊
2007年1月12日発行

リーダーの役割は変化を主導すること

 世の中の変化のスピードがますます速くなっている今、経営者に求められるのは「変化を主導すること」である。それも、順調なときにあえて変化を主導することが、経営者のリーダーシップであると考えている。

 私の会社ではバーコードやICタグなどの自動認識システムの製品開発やシステム提案を行っている。一九九七年には東証一部上場を果たし、十二期連続増配中の成長企業の経営者として、日々「変化と行動の経営」を実践している。
 変化と行動の経営とは、事実を素直な心でとらえ、企業にとって正しいと思われる意思決定を下し、それを直ちに実行することである。トップは思慮深くあらねばならぬという人がいるが、私はそうは思わない。それよりは意思決定と行動のスピードのほうがよほど大切である。熟考しているうちに時機を逸し、変化を主導するタイミングが遅れてしまうからだ。

たった三行で会社は変わる

 このたび私は『たった三行で会社は変わる』という本を執筆した。本書の主題を一言で言えば、「ミクロ・マクロ・ループの経営」である。ミクロ・マクロなどと書くとアカデミックなものに聞こえるかもしれないが、実際は非常に泥臭いものである。
 簡単にいうと、社員ひとりひとりの声に耳を傾けよう、あるいは末端で起こっているひとつひとつの出来事に思いを致そう、そうすれば全体像が見えてくるよ、意思決定の方向が示されるよ、ということである。これを具体的な「三行提報」というツールを使って日々泥臭い経営を実践している。
 私の会社には、社員と経営陣を結ぶ、サトー独自の「三行提報」というコミュニケーションツールがある。これは「会社を良くする創意・くふう・気付いた事の提案や考えとその対策の報告」を、三行以内(最大文字数一二七文字)で毎日行うというもの。国内の全社員と海外の幹部を合わせた一六〇〇人の社員は毎日トップ宛てに「三行提報」を行うことが義務付けられている。
 それだけではない。最大の特色は、トップが直接的に関与しているという点である。毎日トップの元に届く三行提報については、「誰に」「何を」指示しているのかを明確にした形で、直接トップがリアクションする。
 この制度は、当初、社員から経営に関する有益な情報を吸い上げるのが目的で始められたものである。しかし、現在はさらに社員のもつ知識、知恵、技術、情報を社員間で共有する、サトー独自のナレッジマネジメントへと発展している。
 たった一二七文字とはいえ、毎日、それも社員全員で継続することに大きな意味がある。日々提案・改善といった小さな変化を全社員で継続することが、三行提報の醍醐味でもある。
 例えば一九九七年から開始した女性社員の制服廃止に伴う女性社員のカジュアルウェアの導入。これも三行提報がきっかけとなった「変化」の一つである。他にも、ライバル会社の地方での動向や、現場から上がってきたちょっとした疑問などから新規の大規模な需要を掘り起こした例など、三行提報がもたらした変化は無数にある。

小さな変化が大きな変化の原動力に

 たとえ小さな変化であっても、毎日積み重ねれば大きな変化にたどり着く。それはまた大きな変化をもたらすこともある。社内に常に変化が起きている状態、それを喜ぶ体質が醸成されると、大きな岐路に立ったとき、より変化の大きい選択肢を積極的に受け入れるようになる。これこそが「変化と行動の経営」の原動力となる。
 物事をありのままに見て、当然なすべきことをなすのは簡単なことではない。そのためには思いつき、ひらめきのリーダーシップ機能と、それを可能にする創発インフラが必要である。その「創発インフラ」がまさに三行提報なのである。
 神は細部に宿る。中間経営層に依存しない、社員ひとりひとりからの情報や知識との対話によって環境をつかみ、適応を果たそうとするのである。
 この創発インフラを用意することによってトップはリーダーシップ機能を発揮し、マネジメント機能とより健全な対峙関係を築き、その結果成長へのベクトルを構成することができる。中間経営層が勢い計画的・管理的思考に陥るのに対して、トップ・リーダーが思いつき・ひらめきで対峙して変化を主導していくのである。

◎――――連載

【連載】第7回
最新 MBA用語事典

グロービス経営大学院
嶋田 毅/加藤小也香

Shimada Tsuyoshi/Kato Sayaka
【グロービス経営大学院】
民間のマネジメント教育機関であるグロービス・マネジメント・スクールを母体に2006年4月より発足した経営大学院。「創造と変革」を担う人材の輩出を目指している。

顧客ニーズ

customer needs
【カテゴリー】マーケティング

 衣食住などの根源的なことから社会的、文化的、個人的な事柄にいたるまで、人間が感じる満たされない状態をニーズと総称する。その中でも顧客のニーズを特に顧客ニーズと呼ぶ。
 顧客ニーズの理解は企業経営に不可欠であり、マーケティングの最重要テーマでもある。どれだけ技術的に優れていようが、あるいはどれだけコストをかけようが、顧客ニーズを満たさない製品・サービスは、顧客にアピールしないし、仮にいったん購入・使用されたとしても顧客満足に結びつきにくいことから、長期的には市場に受け入れられないからだ。
 ニーズは、具体的な製品・サービスに対する欲求であるウォンツと区別する必要がある。例を示すと、食べ物を安全に、必要な期間できるだけおいしい状態で保存したいという基本ニーズに対して、冷蔵庫が欲しいというウォンツが生まれる。最初から冷蔵庫が欲しいというニーズがあるわけではなく(冷蔵庫メーカーはそのように思っているかもしれないが)、現在たまたまこの顧客ニーズを費用対効果において高く満たしているのが冷蔵庫というだけにすぎない。
 顧客ニーズは一人ひとり異なるし、さらにいえば同じ個人や組織であっても、状況によって異なりうる。理想的にはそうした個別ニーズに対応することが望ましいが、それではコスト的に見合わないため、ある程度ニーズの似通った顧客層(セグメント)をターゲットにマーケティングを展開するのが一般的である。
[関連語]顧客、ウォンツ、シーズ、潜在ニーズ、顕在ニーズ、セグメント

代替財

substitutional goods
【カテゴリー】マーケティング、戦略

 ある製品やサービスに対して、同じニーズを満たす製品やサービスのことをいう。代替品ともいう。例として、メガネに対するコンタクトレンズやLASIK、レコードに対するCDなどがある。
 企業は、同じ業界の競争相手や新規参入の脅威については注意を払うが、代替品については注意が疎かになる傾向がある。そして、ある製品やサービスが大きなダメージを受けるのは、むしろこの代替財による場合であることが少なくない。たとえば、映画産業はテレビの普及に大きなダメージを受けたし、国内旅行は海外旅行にシェアを大きく侵食された(特に新婚旅行などのカテゴリーにおいて)。
 その際、現在の顧客がどのようなニーズを満たすために自社の製品・サービスを利用しているのかを理解しておくことは非常に重要だ。たとえばパソコンの場合、インターネットやメールを利用したいという顧客については携帯電話が強力な代替財となるし、ゲームが主目的という顧客であればゲーム機が注意すべき代替財となる。
 逆にいえば、ある顧客層や局面では競合する代替財も、満たそうとするニーズがバッティングしない場合には棲み分けが可能ということだ。たとえば、コンドームは、避妊というニーズが重視される場面には経口避妊薬と強く競合するが、性感染症の予防が主要ニーズである場合にはこれとバッティングしない。かつては長距離間における主要伝達手段であった電報は、その後ほとんど電話に置きかえられたが、電話では満たしにくいニーズ(視覚や嗅覚にも訴えたい、保存してほしい、時間指定したい、代理発信したいなど)を満たせることから、今でも慶弔という市場で命脈を保っている。
 なお、経済学の世界では、一方の製品・サービスの価格が上昇すると、他方の製品・サービスの需要が減る場合に互いに代替財の関係にあると考える。
[関連語]競合、ニーズ、補完財、5つの力

補完財

complement
【カテゴリー】マーケティング、戦略

 ある製品やサービスに対して、互いに補完しあうことで消費者が効用を満たす、あるいは効用が高まる製品やサービスを補完財という。例として、カメラと写真フィルム、食パンとジャム、DVDソフトとDVDプレーヤーなどがある。
 こうした関係が典型的に見られるのが、ハードとソフト(メディアとコンテンツの関係、インフラとアプリケーションの関係などもこれに近い)、機械と消耗品などである。
 これらのいずれかを手がける企業は、自社の製品・サービスのみならず、補完財の市場拡大をも支援する(あるいは自ら補完財事業も手がける)ことが戦略的に重要となることが多い。たとえば、ソニーはプレーステーションの市場を拡大するため、ソフトメーカーに支援を行ったり、自らソフトの開発を手がけたりした。写真フィルムメーカーが、ミニラボ事業を手がけるのも同様の発想である。
 なお、ある製品・サービスが、代替財としての影響を強く与えるか、補完財としての影響を強く与えるかは、必ずしも事前に予測できないことも多い。レンタルCDという業態は、当初、新作CDの売上げに悪影響を与えると考えられたが、実際には音楽市場を拡大する効果のほうが大きかったといわれている。
 なお、経済学の世界では、一方の製品・サービスの価格が上昇すると、他方の製品・サービスの需要も増す場合に互いに補完財の関係にあると考える。
[関連語]代替財

◎――――エッセイ

お前は何者で、何になりたいのか

――新著『トリックスターから、空へ』の「前書き」より

太田 光

Ohta Hikari
一九六五年埼玉県生まれ。日大芸術学部中退後、八八年に爆笑問題結成。政治から芸能界まで様々な社会現象を斬る漫才は、若者だけでなく、幅広い年齢層に支持されている。著書に『爆笑問題の日本原論』『憲法九条を世界遺産に』『パラレルな世紀への跳躍』などがある。


写真

「太田、いったいお前は何になりたいのか」
 この本に収録した文章を書いていた二年余り、これほど繰り返し投げつけられた質問はない。身近な人達から。インタビュアーから。世間から。そして何より自分自身から。
 そして私はこの質問に一度もまともに答えられたことがない。「まいったな」が本音である。“何になりたいか”どころか、自分が“何者なのか”もわからない。自分では漫才師のつもりであるが、「アイツはもう、芸人とはいえない」という声も随分聞いた。言われてみればそんな気もする。今まで胸をはって「俺は芸人だ」と言える気持ちになったことは一度もない。
 子供の頃から何をやるのも中途半端だった。勉強もスポーツもブーブー文句ばかり言って、いつも途中で投げ出した。そういえばそうだった。何者でもないのは今に始まったことじゃない。
 何か一つのことを極めた人をプロと呼ぶのなら、確かに私は何のプロでもない。漫才も、コントも、修行なんかしたことない。司会も、批評も、文章も、見よう見まねの素人だ。言ってみればかくし芸みたいなものだ。「あなたは本当に芸人と言えますか?」「あなたの漫才は本物ですか?」と聞かれたら、とてもウンとは言えない。
 どの肩書きも居心地が悪い。そんな私でも、一つだけ、「それかもしれない」と思える呼び名がある。
 色物だ。イロモノ。
 これなら世間も許すかもしれない。何となく中途半端な響きがある。色物は寄席用語で、寄席で行う落語、講談、義太夫など中心になる演芸以外の出し物。漫才、手品、曲芸、モノマネなどの演芸を呼ぶ。つまり、“それ以外の芸”“なんでもあり”ということだ。
 勿論、それらの芸も大変な芸でとても素人じゃ出来ないものであり、まさにプロ中のプロの芸ではあるのだが、落語より格下であり、肩身の狭いイメージがある。
“エセ芸人”と言ったら色物の連中から一斉に突っ込まれるだろうが、私にはそんな場所が居心地が良い。

 居場所とは、なかなか見つけにくいものだ。その人が何者かは、その人の居場所によって決まるのではないか。
 この本を読んでくれる人の中には、テレビの中や舞台の上にいる私を知らない人もいるかもしれない。その人がもし、私の文章に共感を得たとしても、現実の私と接したら幻滅するかもしれない。あるいはその逆もある。テレビの中の私、ラジオの中の私に共感した人が、この本を読んで幻滅する。また、舞台の上の私を知る人が、テレビの中の私に幻滅する。ある番組の私を知る人が、別の番組の私にガッカリする。きりがない。
 そうなるといっそのこと、このまま文章の中に閉じこもっていたい。あるいはテレビの中だけに閉じこもっていたらどうかとも思うのだが、そこで再び浮かび上がるのがこの疑問だ。
「自分は何者なのか」
 舞台、テレビ、ラジオ、文章。何処が自分の居場所なのか。今、現在ここにいる私には、それらのどの場所にいるどの自分も偽物に思える。
 とても観念的な話だが、今、私が頭の中で思い浮かべるいろいろな場所にいる自分は、どれも過去の自分でしかない。この本に書かれた文章を書いたのは、全て過去の自分である。
 おそらく明日はまたテレビ局のスタジオで話している自分がいるはずだし、何日か後には舞台で漫才をやっている自分がいるのだろうが、とりあえず今の時点では、テレビの自分も漫才の自分も、過去の自分しか思い浮かべることは出来ない。当たり前だが。
 今はすぐに過去になる。果たして過去とは、どれほど信頼出来るものだろうか。記憶の中の出来事とはどこまで本当なのだろう。“現実”は、過去になった瞬間に“幻”に近くなる。“夢と現実”と言うが、思い出と夢とは、どれほどの差があるだろう。思い出も、夢も、どちらも経験であり、今の時点ではただの記憶であるとすれば、その二つが「違う」ということに何の意味があるのか。
 思い出の蓄積が“歴史”であり、伝統だ。国家の“大義”や“誇り”と呼ばれるものの殆どがその国の歴史に由来する。その歴史が、幻や夢のようなものであるとするならば、その夢の中にまで国境を作ることに何の意味があるのか。
 何が日本で、何がアメリカなのか。
 徳川家康とワシントンを夢の中でまで分ける必要があるのだろうか。
 かなり脱線したが、本筋は憶えている。

「太田、お前は何者で、何になりたいのか」

 眠っている時に見る夢の中では何が起きても不思議ではない。しかし、過去に見た一つの夢の中に存在する自分と、別のもう一つの夢の中に存在する自分は、それぞれが別の自分でありその居場所を変えることは出来ない。でも、もしその居場所を変えることが出来たらどうだろう。つまり一つの夢の中の自分が、別の夢に飛び移ることが出来たら面白いのではないかと思っている。
 そんな風に自分の居場所を飛び移れたら面白い。文章からテレビ、ラジオから舞台へ。

 我ながら話がわかりにくいと思う。「何が言いたいの?」と、よく言われる。
 何者で、何になりたいか。
 子供の頃からそうだった。私は一人っ子で家にオモチャがたくさんあり、友達が遊びにくると、皆私と遊ぶより私のオモチャでそれぞれ勝手に遊ぶことが多かった。私はその状況がつまらなくて、よく言った。「ねえ、遊ぼうよ」。すると友達は大抵、「いいけど、何して?」と言う。そう言われると何も言えなくなった。思い浮かぶものがどれもつまらないことに思えた。もっと他に面白いことがあるはずなのに、それが何なのか、わかりそうなのに答えられなかった。
 大人になってからも変わらない。自分から話しかけて「何?」と聞かれて何も答えられないことがよくある。空回りする。
 社会に向かって「遊ぼう」と言い、「何して?」と聞き返される。

 何者で、何になりたいか。

 私は、遠い未来の人々が「大好きな時代」と呼ぶ時代に生きた人になりたい。
 明治維新の時代よりも、江戸時代よりも、大航海時代よりも、ルネサンスの時代よりも、今までのどの時代よりも、もっと面白い時代に生きた人間になりたい。
 私にはそんな、過去や未来の“時代”に対する対抗意識がある。「面白い時代って何?」と聞かれたら、子供の頃と同じように、言葉につまる。その一方で、わかっている気もする。
 それは私にとって、自分の居場所を飛び移ることが出来る時代であり、それは、私がこの世界の色物である時代のことだ。

 色物とは、その世界に彩(いろどり)を添える人であり、彩とは、「面白み」や「変化」のことだ。



本エッセイが収録された
太田光の新刊が絶賛発売中!
ベストセラー『憲法九条を世界遺産に』の
論点を広げつつ、より掘り下げた意欲作。
「本書を出すことが今の自分の使命」とまで言い切る、
渾身の一冊!
トリックスターから、空へ

『トリックスターから、空へ』
太田 光:著
●1470円(税5%)●4-478-94232-3
46判・上製・256ページ
発行:楓書店
発売:ダイヤモンド社

◎――――エッセイ

ネット口コミをビジネスに活用する
50のテクニック

村本理恵子

Rieko Muramoto
東京大学文学部社会学科卒業後、時事通信社入社。世論調査やマーケティング・リサーチに携わる。一九九八年専修大学教授(マーケティング・リサーチ)。同年株式会社ガーラ取締役会長に就任。二〇〇六年株式会社ガーラ総合研究所代表取締役所長に就任。

◎今、ネット口コミが熱い

 一〇〇万件以上――。これはインターネットで毎日発生する口コミの件数です。今、この「ネット口コミ」へ企業の熱い視線が集まっています。
 何か商品を買おうとするとき、消費者が本当に知りたい情報は、その商品を使ったことがある体験者の生の声です。企業が発する広告のキャッチコピーや説明を、そのまま鵜呑(ルビ=うの)みにする消費者は少ないでしょう。
 とくに現在は「消費が成熟した」と言われて久しいですから、マスメディアを通じて商品やサービスを知っても、その興味や関心がそのまま購買へと結びつく割合はどんどん低くなっています。「買い物で失敗したくない」「なるべくベストな選択をしたい」と考える消費者にとって、口コミの果たす役割はますます重要性が増していると言えるでしょう。
 Web2・0は、そんな消費者の情報ニーズに応える新しい環境を実現しました。街角で見かけた広告で商品に関心を持つと、「家に帰って、ネットで調べてみよう」と思う消費者がたくさんいます。インターネットが家庭へ急速に普及して、ブログや掲示板には、消費者が書き込んだ商品やサービスの使用経験や評価があふれています。体験者の生の声を簡単に、そして大量に手に入れることができる時代がやってきたのです。
 その結果、企業にとってこれまで経験したことのない世界が広がり始めました。
(1)消費者のネット口コミ情報が、他の消費者の購買行動に大きな影響を与える
(2)消費者自身が、製品開発やプロモーションなど、マーケティング活動に参加する
(3)消費者の口コミ情報がデジタル情報として蓄積されていく
 企業はこれまで、アンケート調査などによって消費者の本音を探り続けてきました。ですから、この環境変化は企業にとって、とてもうれしい現象です。新製品の反響を発売直後に知ることもできるのです。けれども、反面、オープンで誰もが見ることができるメディアとして口コミ情報が流れていきます。企業がコントロールできない新しいメディアの出現です。
 そして、このメディアが消費者の購買行動に大きな影響を与えていくことは、企業にとって何を意味するのでしょうか。それは、情報の囲い込みを行ってきた従来のコミュニケーション戦略の大きな方向転換です。
 ネット口コミをうまく活用して大ヒットした商品があります。口コミを理解することは、消費者を理解することです。その結果、消費者の欲しい商品を提供することができます。ネット口コミを上手に活用できるかどうか、それが企業の将来を左右すると言っても過言ではありません。
 ところが、これまで一方的な情報発信に慣れ親しんできた企業にとって、ネット口コミと付き合っていくのはそう容易(ルビ=たやす)いことではありません。数年前に発生した「東芝事件」をご記憶の方もいらっしゃるでしょう。この事例をあげるまでもなく、ネットユーザーとの付き合い方を誤って多くの消費者を敵に回してしまった失敗例も数多くあります。その意味では、ネット口コミはもろ刃の剣です。

◎ネット口コミの達人
「バズ・マスター」になるには?

 私は、これまで約一〇年間、インターネットの黎明期からネット口コミと付き合ってきました。そして、その経験から数々のテクニックを得ることができました。今、ネット口コミへの注目が高まる中で、これをお伝えすることが、私の役割であると痛感しています。
 本書は、ネット口コミとほとんど馴染(ルビ=なじ)みのないネット口コミ・ビギナーが、ネット口コミの達人「バズ・マスター」になるための入門書です。
・ネット口コミの発生源を知る
・マーケティングのための口コミ活用術
・危機管理のための口コミ活用術
・ネット口コミを起こすノウハウ
・ネット口コミの新しいトレンド
 これらを五〇のテクニックに分けて解説しました。新商品のヒントをつかみたい、消費者の心に刺さるキャッチコピーを探したい、発売前に新商品の手ごたえを知りたい、競合商品の評判を知りたい、ユーザーが商品のどこを評価しているか知りたい、売れない理由を知りたい、消費者の使用場面を知りたい、ブランドパワーを比較したい……。ネット口コミをほんの少し活用するだけで、このような「知りたいこと」の答えがわかります。また、誹謗中傷も、対応さえ間違わなければ怖いものではありません。
 ネット口コミの威力を教えてくれる本はたくさんありますが、その多くはアメリカの事例紹介です。馴染みのないブランド名を聞いてもいま一つ実感がわかないと思うのは、私だけではないと思います。そこで本書では、
・日本の事例をもとに説明する
・複雑な分析手法は扱わない
・インターネットのキーワードをきちんと解説する
 を基本にしました。インターネットの世界に馴染みの薄い読者の方でも、気軽にパソコンの前に座っていただけると思います。ネット口コミの特性を知って、有効に活用できるかどうか、これが企業のブランドや商品の浮沈を大きく左右する時代になりました。一人でも多くの方に、ネット口コミの魅力の理解者になっていただきたいと思います。
 五〇のテクニックを通じて多くの「バズ・マスター」が誕生し、ビジネスの勝者となることを願っています。


Web2.0時代のネット口コミ活用book

『Web2.0時代のネット口コミ活用book』
村本理恵子:著
●1680円(税5%)
2007年1月26日発行

◎――――エッセイ

好機・勝機をつかむ
タイミングマネジメント(R)

坂本敦子

Sakamoto Atsuko
株式会社プライムタイム 代表取締役。人財育成コンサルタント/産業カウンセラー/心理相談員。航空会社、外資系総合化学会社人事部を経て、1995年に人財育成コンサルタントとして独立。「リーダーシップ」「CS・顧客満足」「キャリアデザイン」「コミュニケーション&マナー」等の講演や研修で幅広く活動している。「タイミングマネジメント(R)研修」を開発し、2005年に発表。現在、その普及に使命感をもって取り組んでいる。経済産業省 独立行政法人評価委員会 委員。http://www.primetime-winwin.com

「塾とこの会とどっちが大切なんだ。今、この瞬間、時間は二度とないということをわかっているのか」
 高校三年生の大学受験を控えた一二月のある出来事。父と母の銀婚式のお祝いの会が塾に行く日と重なってしまい、途中で塾に行こうか迷っていたときのことでした。私がそわそわしている様子を見た兄が私を厳しく叱りました。
 私はハッとさせられました。「今、私は何をするべきタイミングなのか」という問いをつきつけられたのです。私は目の前にある大切なことを見失いそうになっていた自分が恥ずかしくなりました。この出来事は、その後の人生における行動に大きな影響を与えました。
 私が今回『タイミングをつかみとる人、はずす人』を執筆するに至った原点は、家族とのコミュニケーションの中にあったのです。母から勉強しなさいと言われた記憶はほとんどありませんが、するべき場面できちんと挨拶することや悪いと思ったらすぐにごめんなさいと言うことの大切さは口うるさく言われました。これはまさに「タイミング」のことだったのです。そんな環境で育った私は、社会人になってからも「今は何をするタイミングなのか」ということを意識して行動するようになりました。
 人財育成コンサルタントとして一一年間、新人研修、管理職研修、経営幹部研修、CS(顧客満足)研修とさまざまなテーマで数多くの研修生の方々と真剣に向き合い、さまざまな成功体験や失敗体験を語り合ってきた中で、「日常業務や人間関係の中で成功体験、失敗体験の要因分析をしてみましょう」という課題をだしてグループディスカッションしていただくと、必ずと言っていいほど「タイミング」という言葉がでてくるのです。
 どの研修テーマでも「ビジネス、人生すべてにおいて行動することも大切ですが、それ以上に大切なことは行動するときのタイミングですね。同じ行動をとってもタイミングがいいか、悪いかによって、ものごとがうまくいったり、いかなかったりしますね」という言葉を大勢の方からお聞きします。
 例えば、「訪問したタイミングがよかったので契約できた」「確認するタイミングがよかったので大事故にならなかった」「ほめるタイミングがよかったので、チームのメンバーの能力を最大限に引き出すことができた」「報告するタイミングを逸してしまい、クレームが発生してしまった」等、あらゆる場面で「タイミング」がビジネスの大切なキーワードとして挙がってきます。
 このように数多くの研修受講者の方々の事例から、私は目標を達成するためには一人ひとりがいかにタイミングを意識して行動するかがポイントであると確信しました。情報量や知識、技術、経験、特定のビジネス能力、人柄は重要ですが、結果をだしている人や企業は最良の「機」=タイミングを自らつかんで行動しているのです。
 私たちは成功したときに「タイミングがよかった」と喜んだり、うまくいかなかったときに「タイミングが悪かった」と残念がったり、成否を受け身で語っていることが多いのではないでしょうか。しかし、この解釈ではタイミングは運命的に与えられたものとなってしまいます。
 成功の秘訣がタイミングであるとしたら、積極的にタイミング(好機・勝機)をつかむことが重要です。
 タイミングをつかむという行動は、写真撮影のシャッターチャンスに似ています。「ここぞ!」という決定的瞬間を逃さないためには、まず、「自分は何を撮りたいのか? どんな状態を撮りたいのか? それは自分にとってどんな意味があるのか? 撮ったらどうなるのか?」という価値観・ビジョン、熱い想いが必要です。また、被写体をよく観察し、状況の変化を予測し、判断すること。そして、シャッターボタンを素早く押すというスキル(技術)がないといい写真が撮れません。
 タイミングをつかんで成功している人たちを分析してみると、共通のポイントがあったのです。それは、「何が大切か?」という価値観をしっかりと持っているということ。「自分(たち)はどうなりたいか」「自分(たち)はどうしたいか」「自分は相手とどうなりたいか」というビジョン、目標をいつも考えていること。
 そして、周囲や相手の状況・心の変化をよく観察し、「今、行動しなかったらどうなるか」ということを予測、判断し、「ここだ!」という機をつかんで行動する勇気と決断力を持っています。また、機をつかんだときに最適な行動をとることができるスキル、情報、ネットワークも身につけているのです。
 この本では「タイミングを自らつかむ力」に注目して、タイミングをつかむための要素とタイミングをつかんで行動するポイントを、さまざまな事例を通して紹介します。小さなグッドタイミングの連鎖がイキイキ輝く人生を手に入れるきっかけになることでしょう。

タイミングマネジメント(R)/Timing Management(R)は坂本敦子が創作した言葉で、株式会社プライムタイムの登録商標です。


タイミングをつかみとる人、はずす人

『タイミングをつかみとる人、はずす人』
坂本敦子[著]
●1500円(税5%)●4-478-73342-2

◎――――エッセイ

トップニュースは「松坂大輔」

森 達也

Mori Tatsuya
一九五六年、広島生まれ。テレビディレクター、映画監督、作家。九八年、自主制作ドキュメンタリー映画『A』を発表、ベルリン映画祭に正式招待される。続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画際にて審査員特別賞、市民賞をダブル受賞し、大きな評価を受ける。著書に『東京番外地』など多数。

二〇〇六年一二月一四日

 今日の日付は一二月一四日。時刻は午後一一時。防衛庁の省昇格をテーマにと依頼されたこの原稿の締め切りは明日の午前中いっぱいだけど、まさしく締め切り前日の今日の午後、防衛庁の省昇格関連法案が参院外交防衛委員会で採決され、自民、民主、公明の賛成多数で可決された。これによって明日一五日の参院本会議で同法案は可決され、成立することは規定事項となった。
 でもメディアの反応は鈍い。夕方のニュースをいくつかチェックしたけれど、この件についてはどこも触れなかった。
 全部の局で大きく扱っていたのは、大リーグに移籍する松坂投手の契約金について。三年間で五〇億円と六〇億円とか、何だかもう呆気にとられるような金額だ。
これがもし六本木のヒルズ族なら、日本中が激しく反発すると思うのだけど、なぜか野球選手に対しては、そんな気持ちが働かないらしい。夢を売る仕事だから? IT長者だって立派な夢じゃないか。いや、そもそも夢に貴賎はない。小学校四年の息子の夢は「八百屋さんになること」だ。野球やサッカー選手だけが夢を売る仕事じゃないぞ。
 まあそれはともかく、防衛庁が防衛省になる。もう一度繰り返すけれど、ニュース・バリューとしては、松坂の大リーグ移籍の何十分の一くらいらしい。
 そういえば教育基本法も今日の参院教育基本法特別委員会で、自民、公明両党の賛成多数で可決された。明日の参院本会議で成立する見通しだけど、これは(しつこいけれど)松坂の大リーグ移籍の三分の一くらいのニュース・バリューだろうか。

「防衛省」で何が変わるのか?

 いずれにしても防衛庁の省昇格についての国民の関心はその程度。敢えてこれをテーマにした文章を書く必要があるのだろうか。
 でも原稿は仕上げねば。仕方がない。防衛庁が防衛省に変わることで、いったい何が変わるのだろう。まずはそこから考えよう。
 防衛庁は内閣府の外局で、国防を所管する行政機関であり、現況では、たった一つの大臣庁だ。省に格上げされることで、これまでは「付随的任務」とされてきたPKO(国際平和協力活動)などが自衛隊の「本来任務」になる。
 防衛庁長官は防衛相となる。内閣府からは独立し、予算要求や法案、幹部人事などの事務手続きは簡素化され、武力攻撃事態の際の防衛出動や海上警備行動の承認を得るための閣議開催も直接求めることが可能になる。
 自衛隊は専守防衛から海外展開へと性格を変え、防衛予算が増額することも予想できる。文民統制のニュアンスは一気に薄くなる。集団的自衛権の解釈も、これによって大きく変わるだろう。
 とここまで書いたって、やっぱり読者にはピンとこないだろう。僕もピンとこない。ならばそもそも防衛とは何だろう。

自衛の意識が戦争を引き起こす

 現行憲法の公布前、国会で吉田茂に「戦争には侵略の戦争と自衛の戦争の二つがあり、その双方を否定するのはおかしい」と憲法草案について質問したのは共産党の野坂参三だ。これに対し吉田茂は、「自衛の意識が戦争を起こす」と答弁した。すなわち九条の精神だ。
 この吉田の視点は、とてもリアルで正しい。植民地主義が終焉して以降、この世界で勃発する戦争のほとんどは、過剰な自衛意識がもたらした争いだ。時代を現在から遡ってみよう。
 アメリカは九・一一によって、アルカイダは西側文明の侵食によって、危機管理意識を発動させ、仮想敵国を「やらねばやられる」とばかりに攻撃した。
 悪の共産主義は隣国に感染するとのドミノ理論を理由に、アメリカはベトナム戦争に介入した。ABCD包囲網やハルノートで石油などの資源の輸入を制限された日本は、民族存亡の危機と考えてアメリカに宣戦布告した。
 あのナチスでさえ、このままではゲルマン民族は滅ぶと考え、「東方への生存圏」という言葉を使ってポーランドに侵攻した。
 戦争は自衛の意識から発動する。防衛庁が防衛省に変わることで、自衛隊の呼称もやがて自衛軍にと変わるだろう。

すべてが焼け野原になった後に

 自衛や防衛の文字があるうちはまだ軍隊じゃないと、もしあなたが思うなら、イラクや北朝鮮、シリアやイスラエルの軍隊の正式名称も国防軍であることを知ってほしい。ちなみに世界中に軍隊を侵攻させるアメリカのペンタゴンは国防総省だ。
 つまり世界中の軍隊は自衛のために存在し、そして結果的には他国を侵略する。専守防衛を謳うだけでは意味がない。かつてこの国はその実相に気づき、九条二項を条文に置いた。他国に大義を与えないためだ。
 いかに好戦的な国であろうと、軍備を保持しない国を仮想敵国に設定することはできない。つまり九条二項は、「愛する人を守る」ための、最もリアルでラジカルな戦略なのだ。
 でも、そんな時代ももう終わる。なぜならオウム以降、この国の危機管理意識の内圧はあまりに高まった。もう支えきれない。庁から省に昇格することによって生じた微かな亀裂は、やがて大きな噴出孔となるだろう。こうして人は自衛のつもりで人を殺す。殺される。すべてが焼け野原になってから天を仰ぐ。なぜこんなことになってしまったのかと呻きながら。
 もしそのときに生きていたら、僕は小声でこう言おう。
「なぜこんなことになったのかだって? 簡単だよ。あの一二月一四日に、松坂大輔の大リーグ移籍の契約日が重なったからだ」

◎――――エッセイ

新女性マーケット Hahako
(ハハコ)世代をねらえ!

牛窪 恵

Ushikubo Megumi
マーケティングライター。有限会社インフィニティ代表取締役。1968年東京生まれ。日大芸術学部映画学科卒業後、大手出版社に勤務したのち、フリーライターとして独立。現在「日経トレンディ」「プレジデント」「ダカーポ」ほか各誌に連載または定期寄稿中。母と娘のコミュニティ「マンマ・フィーリァ!」および「One+deux研究会〜これからの家族を考える会」代表。おもな著書に、『男が知らない「おひとりさま」マーケット』など。【URL】http://www.hachinoji.com/

◆Hahako(ハハコ)世代とは?

 アッシー、メッシー、ミツグくん。世に言う「ハナコ世代」は、そんな言葉で男性を評した、バブル絶頂期のOLたち。現在40代半ばぐらいの女性で、漫画家の故・中尊寺ゆつこさんが描いた、ワンレン・ボディコンの「オヤジギャル」をイメージする人も多いでしょう。
 では、私が名づけた「Hahako(ハハコ)世代」とは……? 彼女たちはバブル経済崩壊直後にOLとなった、団塊ジュニア前後の女性(娘)とその母の、母娘(ハハコ)。年齢で言えば、現在おもに50代後半の「団塊世代」の母と、20代半ば〜30代の「お年頃」の娘たちを指します。
 2年前に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』(日本経済新聞社)を書いた私は、当時から「あること」が気になっていました。それは、彼女たちの4割弱が未婚で、しかもそのうちなんと8割近くが親と同居する、いわゆる「パラサイト」であること。
「おいおい、30代にもなってまだ親のスネかじりか?」との批判も聞こえてきそうですが、Hahako世代の娘たちは、別名「貧乏クジ世代」です。精神科医・香山リカさんが名づけたこの言葉どおり、バブル期に会社やカレシのおカネでオイシイ思いをした先輩の「ハナコ世代」と違い、彼女たちは何かと貧乏クジを引いてきました。「さあ就職」というときにバブルがはじけて就職氷河期に入り、正社員になれない女性も少なくなかった。現在、30代でフルタイム就業の女性の平均年収は、わずか297・5万円。都会での一人暮らしは厳しい状況です。
 そんな中で、親と同居したり「ママ、一緒に買おう!」と、洋服やバッグを
“母娘シェアリング”するのは、いわば彼女たちの生きる知恵。限られた年収でも、できるだけ使えるお金を確保して、人生を謳歌したい。90年代後半に「仲よし母娘」「一卵性母娘」と呼ばれたのも、彼女たちHahako世代の母娘でした。

◆2007年こそ、彼女たちに注目!

 ではなぜ、いま改めてHahako世代に注目したのか。それは今年が「2007年」だからです。
 今年の4月を皮切りに、団塊世代のお父さんたちは、いよいよ定年期に入ります。いわば、仕事(ワーク)を辞める
“やめんずワーカー”。対するHahako世代の妻(母)たちは、いまから「ランチタイムの憂うつ」を唱えます。何しろ妻たちの多くは元気で、女友だちとレストランやショッピングに出掛けたい盛り。まったく家事ができない夫は、家の中で“食卓難民”になる可能性もあります。
 しかも同じく4月以降、年金法の改正で危惧されるのが、「熟年離婚」の急増。実は私の母も、50歳のとき父に「三行(みくだり)半」を突きつけました。最終的な決断は下せなくても、「今後の人生をどうしよう」と真剣に考える夫婦は、間違いなく増えるでしょう。
 すると、家族はどうなるか。これからの家族はいったいどこへ向かうのか。それがどうしても知りたくて、私は住宅メーカーの積水ハウスと弊社の2社で「これからの家族を考える会」を立ち上げ、2年間にわたり約400人のHahako世代の声を聞かせてもらってきました。
 するとそこから、母娘たちの意外な素顔が少しずつ見えてきたのです。

◆結婚や出産は“家庭内禁句”

 たとえば、シングルの娘に対して「結婚しないの?」「早くしないと子どもが産めなくなるよ」など、結婚・出産に関する言葉を投げるのは、母親にとって“家庭内禁句”。どんな仲よし母娘でも、この点は驚くほど共通していました。
 対する娘のほうは、「ここまで頼っていいのかな」と思いつつ、家事全般を母親に任せきっている。親と同居しながらまったく家におカネを入れていないシングル女性も、全体の3割います。
 ただし、リリー・フランキーさんの大ベストセラー『東京タワー』の影響もあって、「そろそろ親孝行しないとマズイかな」と感じている娘たちは多い。2007年以降、レストランやホテル、エステ、旅行業をはじめ、多くの業界がこの「親孝行」需要を狙っています。
 そこでこの本では、ほかにもクルマ、家電、住宅、通信、アパレル、金融、女性誌の編集長など、60社を超える第一線の企業にもインタビュー。母娘のナマの声や体験談と併せて、新たな女性マーケットや「家族」が浮かぶエピソードを、目一杯盛り込もうと決めました。

◆キーワードも盛りだくさん

 そしてもう一つ、意識してこの本に取り入れたのが、最新の各種データとオリジナルの「キーワード」です。
 たとえば、“ままとなでし娘(こ)”“親なび姫”“アンチ炊事ング”“かかぁ電化”“あいのりッチ”“親孝行ダイエット”“投資DEセラピー”など。その意味もここでご説明したいところですが、詳しくはどうぞ、本書をお楽しみに!
 彼女たちの心理をギュッと凝縮したキーワードは、400人におよぶ母娘の声と併せて、さまざまな仕事の場で、フルに活用していただけることでしょう。
 同時に、クスッと笑える母娘のナマ声や感動エピソードも満載です。母娘の皆様には、必ずや「あるある!」と共感しながら読んでいただけるはず。お父様は「母と娘って、こうなの!?」と衝撃の連続かもしれませんが、お読みいただければ、今後の「家庭円満」のヒケツもおわかりいただけると思いますよ!


新女性マーケットHahako世代をねらえ!

『新女性マーケットHahako世代をねらえ!』
牛窪 恵+これからの家族を考える会[著]
●1500円(税5%)●4-478-50275-7

◎――――編集者が語る

『CMO マーケティング最高責任者』

グローバル市場に挑む戦略リーダーの役割

神岡太郎/ベリングポイント戦略グループ著
●2499円(税込み)

CMO マーケティング最高責任者

どうして日本企業にCMOがいないのか?

「日本の会社でマーケティングの専門家が役員になるのは、とても難しいんですよ」
 ――そのひと言が、この本を作る、一番初めのきっかけだった。著者のベリングポイントのコンサルタントたちは、クライアントとの付き合いの中で、「マーケティングが重要になっているにもかかわらず、その“あがり”のポジションはせいぜい部長どまり」、という“ぼやき”を、よく耳にするそうだ。
 編集者は、すぐさま、「そんなことないでしょう。どんな企業にも販売や営業担当の役員がいるじゃないですか」と反論した。
 すると著者はいう。「販売チャネルの社長とゴルフをしたり、工場の都合で作った販売計画を押し付けるための販売や営業担当役員ならば、いますね。でもマーケティングを統括する役員は、日本企業にはほとんど、いないんじゃないですか」
 マーケティングは、従来の広告やキャンペーンといった狭い分野から、ブランド資産の維持、拡大、財務的な説明責任など、より広く重要な役割をもたされるようになっている。米国ではそれに対応するために、COO・CFOなどと並んで、マーケティングの最高責任者CMOを置くようになってきた。著者の推計によると、米国の大手企業の約4割に、CMOが置かれているという。それに対して日本ではまだ、ほとんどCMOは置かれていない。
 それならば、CMOとはいったいどんなものかを調べて1冊の本にまとめよう、ということでこの本の企画はスタートした。
 どうせ本をまとめるなら、理論的な裏づけをしっかりしようということで、一橋大学の神岡先生に御参加いただいた。幸いベリングポイントには、今後日本でCMOを普及していこうという方針があり、取材のための予算を確保していただいたり、本社の取材手配のご協力もいただき、前後2回にわたる米国取材を行うことができた(残念ながら編集者の取材費までは捻出できず、留守番だったが)。
 こうして、なかなかアポの取りにくいCMOの方々約二○人に直接お話をうかがうことができた。さらに、CMOだけをメンバーとする会合に潜入(?)させていただいたりと、これまで紹介されてこなかった新鮮な情報を織り込むことができた。
 さてその成果は――ぜひ、本書をお読みいただき、読者方々それぞれの企業で日本的CMOへの道を開拓していただきたい。
(高林秀樹)

◎――――エッセイ

不動産投資で、会社はいつでも辞められる!

吉川英一

Yoshikawa Eiichi
一九五七年生まれ。富山県出身、富山県在住の個人投資家。株式投資と不動産投資で増やした資産は約二億円超。投資セミナーやマネー誌などで、指南役として活躍中。著書に『信用・デイトレも必要なし 低位株で株倍々!』などがある。ブログ http://www.financialacademy.jp/blog/1088/


不動産投資で資産倍々!会社バイバイ♪

『不動産投資で資産倍々!会社バイバイ♪』
吉川英一[著]
●1500円(税5%)●4-478-67044-7

 サラリーマンの給料が上がらなくなってから、もう何年になるだろうか? その間、庶民の楽しみである酒・たばこ税は何度も上がったし、医療費の負担割合もいつの間にか上がってしまった。そして厚生年金の掛け金は二〇一七年までアップし続けるのである。さらに来年の参院選挙が終われば、消費税が一〇%程度まで上がるともいわれている。

宝くじや株では資産を築けない

 こんな時代に少しでも収入を増やしたい、将来に向かって老後の資金を蓄えたいと思うのは、サラリーマンでなくても当たり前の発想だろう。そこで手っ取り早く思い浮かぶのは、宝くじを買うことだが、実はこれが一番割の合わない投資なのである。買った瞬間に、宝くじ協会に五二%を没収され、残りの四八%を買った人全員で分かち合う仕組みだからだ。当然、三〇〇〇円くらい買って三億円当たる確率なんて、奇跡的な数字になってしまう。当てようとして当たるものではない。せいぜい当たるのは、はずれてバチが当たるぐらいだろう。
 もう少し現実的な投資をと思って、多くのサラリーマンは次に株でも買ってみる。でも、株はタイミングを間違えると、いつまでも下がり続けてしまうものだ。そして、欲を出せば出すほど、深みにはまってキズは大きくなり、しまいに耐えられなくなって、安いところで全部投げ売ってしまう。やっぱり株は恐い! 最初から株なんかに手を出さなければよかった、となってしまうのである。

大家さんの世代交代が始まった

 今までなら、ここで反省して、やはり地道に貯金するのが一番ということで、心を入れ替えてせっせと貯蓄と節約に励むことになるはずだった。ところが最近は、若いサラリーマンを中心に不動産投資ブームが起きている。不動産投資セミナーに一万円札を何枚も払って参加するのは当たり前で、北海道や沖縄からわざわざ飛行機を使って、東京のセミナーにまでやってくる。中には一泊二日で四八万円というセミナーも登場し、あっという間に定員に達してしまう。もちろん彼らは、不動産に関する書籍やDVDが発売されるたびにくまなく目を通すくらい勉強熱心なのである。
 そんなかいあってか、最近二〇代、三〇代の不動産投資家がどんどん出現し始めた。これらの新興大家さんは、今までの地主大家さんの衰退ぶりを尻目に、一年に何棟もアパートを買い始めたのである。年収三〇〇万円や四〇〇万円の駆け出しサラリーマンに、なぜそんなことが可能なのだろうか?
 その答えは、このたび上梓させていだいた『不動産投資で資産倍々!会社バイバイ♪』に詳述させていただいたところである。
 つまり、不動産融資に対する銀行の考え方が、単なる担保主義から、その物件の収益に着目した収益還元法による評価に変わったからにほかならないのだ。本来、収益不動産の評価というのは、収益還元法でのみ正しく評価できるものである。ところが、バブルの頃はあまりにも土地が値上がりしすぎたため、収益還元法ではとうてい説明できないほど、投資利回りが低下してしまったのである。実際、銀行金利や国債利回りよりも低い利回りであった。そこで将来の値上がりを見込んで、取引事例比較法や原価法でフルローン融資が実行されてしまったのだ。これが不良債権大量発生の原因だったのである。
 土地価格が本来の適正な価格まで戻った今、収益還元法で評価すると、ある程度リスクを見込んでも、物件価格全額まで融資できる物件が増えてきた。これに一部の銀行が目を付けて盛んに収益還元法で評価し、フルローン融資をつけるようになったのだ。若い新興大家さんが急激に増えている理由がそこにある。

開かれた勝利の扉を見逃すな!

 今まで不動産投資といえば、少なくとも物件価格の三割程度の自己資金を用意する必要があり、サラリーマンにとってはハードルの高い投資と思われていた。収益還元法で評価する銀行が出てきて以来、一気にハードルは低くなり、諸費用程度のお金を用意できれば、頭金ゼロでも不動産投資ができるようになったのである。
 ポイントは利回りの高い物件を用意すること!
 これだけである。銀行のめがねにかなう物件を用意できれば、一億円以上の物件をサラリーマンでもいとも簡単に取得することが可能なのだ。
 これらのフルローン融資は、数年前までは都会の一部の高利回りの物件に限られていたのだが、最近では、大都市周辺や一部地方の物件でも融資がつくケースが出てきた。いつの時代もそうであるが、世の中のひずみにいち早く気づいた者だけに勝利の女神はほほえむものである。現在は幸い金利も低く、土地価格もそれほど上がっていない。勝利の扉が開いている今のうちに、不動産投資を始めるのがいいと思う。きっと数年後には、会社に頼らない生き方をしている自分がいるはずだ。
 サラリーマンにとって、お金に困らない人生なんて夢のまた夢だと思っている人は多いだろうが、やってみると意外と簡単に経済的自由と時間的自由は得られるものだ。

◎――――エッセイ

「健全老化」のすすめ

池内ひろ美

Ikeuti Hiromi
1961年岡山市生まれ。夫婦・家族問題コンサルタント。97年「東京家族ラボ」を設立。精神科医、弁護士等と協力体制をとり、総合的な家族問題カウンセリング等を行なう。主な著作は『リストラ離婚』『夫婦のバランス学』(以上、講談社文庫)、『妻の浮気』(新潮新書)『勝てる!? 離婚調停』(共著、日本評論社)など。テレビ・コメンテーターとしても活躍、各地での講演も積極的に多数行う。
web site ●東京家族ラボ http://www.ikeuchi.com
blog ●池内ひろ美の考察の日 http://ikeuchihiromi.cocolog-nifty.com

 いよいよ「二〇〇七年問題」と呼ばれる時代がはじまる。男性には、まったく気の毒としかいいようのない時代がはじまると言い換えてもいいだろう。私は日々ご夫婦・ご家族のトラブルに関わるご相談をお受けしているが、そのなかで「父親」の置かれている地位の低さには聞いているこちらが辟易することもある。
 妻たちは、語る。
「今年の六月にはうちの夫は定年退職ですよ。あの顔がずーーっと家にいるなんて考えただけでもイヤになります」
 妻がそう思うのであれば、同じ家に暮さなければならない夫も妻の顔をみて同様に思うのではないだろうか。
「いっそ退職金を分けて離婚してやろうかと思います。私は子どもたちの世話はしましたが、夫の世話を老後するなんてまっぴらごめんです」
 あらあら。それでは今まで家族のため子どもの学費のためと朝から晩まで働いてきた彼の立場がないではないか。夫の退職金を財産分与とみなし熟年離婚を望む妻たちは思う以上に多いものだが、一万件近い離婚をみてきた私からいえば、熟年離婚は彼女たちが憧れをもって望むほど素敵なものでも自由なものでもない。孤独なものだ。熟年で離婚し一人になる孤独に耐えられるだろうか。
 一九四七年生れからの団塊世代定年退職によって影響が及ぶのは企業だけではない、社会の最小単位である夫婦にも、二〇〇七年問題は起こるのである。四月施行の「離婚時年金受給権分割制度」を待って熟年離婚を望む団塊世代の妻は多数いる。私は熟年離婚には反対の立場をとっているが、反対したからといって潮流を止めることはできない。
 男女が出会い、結婚し二十五年、三十年という時をともに暮らし、子どもたちが巣立って夫婦二人の生活に戻る時期と、夫の定年退職が重なることによって増加しているのが熟年離婚である。別れを望む妻たちの言い分は、
「母親として子どものために我慢したが、今後、夫の妻として生活するのはイヤ。退職金と年金を分けて離婚する」
 新しい年金分割制度を離婚で活用できるのは第三号被保険者だ。しかし、それまで専業主婦として家と地域で暮らしてきた女性が、家を出て一人暮らしをし、地域社会から離れた孤独に耐えられるのだろうかと老婆心ながら思う。
 できれば熟年離婚は避けてほしい。熟年という年齢で人生の成果物を二人で分かち合うのは離婚という方法ではない。熟年となった夫婦が目指す道は離婚ではなく、「健全老化」である。
「老化」という言葉自体にネガティブな印象を持つ人もあるかもしれないが、老化それ自体は悪いことでも恐れることでもない自然の摂理にかなったことだ。健全老化とは、身体が健康であること/役割を得ていること/人間関係が健康であること。
 食生活に気を配ったり、軽い運動を行う、あるいは病院で定期検診を受け早期発見早期治療を心がけるなど、身体面の健康に留意している方は大丈夫。
「役割」については、企業を退職した後、地域での役割や家族のなかにも役割があるということだ。大上段に構える必要はなく、たとえば、父親、祖父母といった立場自体が大切な役割ということだ。
 問題はそれらにはない。
 老後一番問題となるのは「人間関係」である。企業や組織の一員としては、課長、部長といった役職で人との関係性があったものが、退職とともに役職から離れて一個の人間として他者との関係性を結び直さなければならないということだ。今後は、地域、家族(子世代の家族を含む)、夫婦において健康な関係性を持つことができることを「健全老化」と呼びたい。孤立せず、子や孫との関係を穏やかにむすび、夫婦で心豊かに暮らすことのできる幸せを感じてほしいと望む。
 そしてなによりも大切にしてほしいのは、ご自身である。自分を大切にしない人は、他者と大切な関係は構築できない。
 退職し、家族のなかへ戻ったとき、妻の言いなりに指図され、妻の顔色をみて機嫌ばかりとる夫が求められているかといえば、そうではない。妻たちは、自分の夫が男らしく素敵にあってほしいと望んでいる。しかし、素敵な男性であろうとするのはなかなか困難であり、どのようにしたらいいのか分かりづらい。
 拙著『男の復権――女は男を尊敬したい』は、人生経験を重ねてきた今だからこそ、もう一度男性としての自信を取り戻して堂々と生きていただきたいと、願いをこめて書いた一冊です。ご一読ください。
 本書に納めました「大人の男になるための十箇条」は、なかなか恋人のできない男性社員にもお勧めください。この十箇条でモテ男に変身できます。


男の復権

『男の復権』
池内ひろ美[著]
●1500円(税5%)●4-478-94233-1

◎――――連載

美人のもと 第17回

美人のもと

西村ヤスロウ

Nishimura Yasuro
1962年生まれ。株式会社博報堂 プランナー。趣味は人間観察。著書に『Are You Yellow Monkey?』『しぐさの解読 彼女はなぜフグになるのか』など。

*小事故

 人は少なからず事故に遭う。ちょっとしたことで痛い思いをしたり、つらく感じたりすることに遭ってしまう。できれば事故はなく生活したいものだ。
 大事故ではなく小事故、つまり日常のちょっとした事故のことを考えると、どうも遭いやすい人と遭いにくい人がいるようだ。
 健康なのにいつもどこかを痛がっている人がいる。内科的にではなく、外科的に。聞いてみると「ぶつかった」という話がほとんど。
 なぜ、そんなにぶつかってしまうのかと思うほど。しかも、その原因を聞けば、悲運であったり、他人の身勝手な行動にあったりで、自らは何にも悪くないという。たしかに他人がぶつかってきたことが多いだろう。しかし、他人がぶつかってきた原因は自分がつくっているのだ。
 突然立ち止まる。突然方向転換する。それによって後ろを歩いていた人が「追突」してくる。
 携帯電話に夢中になって、まっすぐ歩いていない。甘いもののことを考えすぎていて、歩く速度が定まらない。屋外広告を、口を開けながら見ていて、一人だけゆっくり歩いていた。そんなことで隣を歩く人に「衝突」してしまった。
 これがクルマを運転していたら、大事故になることもあり、反省もするのだろうが、小事故のため、深く考えないで「再発」してしまう。自らを省みることなどない。
 そんなことだから、家の中でも家具などに足の小指をぶつけて痛みで涙ぐんだりしてしまう。これはさすがにモノのせいにもできないが、その時には「運」のせいにする。
 そんな痛みは「美人のもと」に悪い。痛みの表情はどうしても美しさから遠いところにあるのだ。痛みを減らそう。美人は危険をスルリとかわす目と動きを持っている。自分のまわりの「空気との調和」を知っている。流れを読む。公共の場でそれを鍛えている。
 エレベーターなど乗り物に乗る直前や乗った直後で急に立ち止まったりしない。自分の世界に入り込みたい時は人の流れがないところに移動してからにする。ごく当たり前のことだが、人間には後ろに目がないことをもう一度確認しよう。
 そうすれば、自然と階段の段数を間違えたり、マンホールの穴にパンプスのヒールがつかまったりすることも減っていく。日常に痛いことが増えたら、要注意だ。

*鍋

 寒くなってくると鍋物が恋しくなる。何人かでひとつの鍋をつつくのは幸せだ。仲良しだ。お腹も心も温かくなる。麺やご飯を入れて「しめる」時はこの上もなく幸せをいただける。
 基本的に鍋料理はいろんなものを一つの器に放り込む。ここで生まれる様々な食材のハーモニーがいろんなおいしさをつくってくれる。いろんな味覚と次々出会えるすばらしいものだ。
 さて、問題はこの放り込む作業だ。鍋奉行がいれば、奉行に任せておけばいいのだが、奉行はそんなにいないから奉行だ。したがって、たいていは平民が鍋を扱うことになる。平民の投入作業にはいろいろ作法があるようだ。本当に投げるようにする人もいれば、意味なくかき混ぜて顰蹙をかう人もいる。道具を必要以上に使い分ける人も現れたり、気づけば菜箸で食べていたりする人も出たりする。
 お店のあちこちで鍋物が食べられている時、少し見回すだけで、同じメニューなのに、その見え方がずいぶん違うことに気づく。
 美人のいる鍋は見ていて美しい。そしておいしい。
 それは鍋にも美意識を持って接するからである。具材の位置を定める。肉ゾーンや白菜ゾーンなど、どこに何があるのかがすぐわかる。静かに入れるため、「ドボン」という音がしたり、ハネがあがったりしないで、美しさが保たれる。投入というより設置。ゾーンをきれいにつくるので、真ん中に具材が集まったりしない。ソーンごとの設置タイミングをしっかり見守っている。自分が食べるものではなく、鍋全体を見て、ゾーンの減り具合をきちんと読んでいる。少しずつ火のコントロールもしている。長時間煮込んでしまいビタミン崩壊の野菜が出てきたりしない。常に鍋を美しく保つことを意識している。
 そういった他人への気遣いがあるために、自分が食べる食材のバランスもよくなっていく。「肉ばかり食べてしまったため、最後の雑炊が食べられなかった」などと嘆くこともない。どれを先に入れたのかわからなくなり、口の中に入れたら「冷たい」ものを食べてしまうこともない。
 鍋奉行のようにうるさく仕切る必要はない。しかし、鍋を美しく保つ意識を持っていれば、おいしく健康な鍋物と出会える。そもそも鍋物は肌にいい。おいしく美しくなろう。

◎――――エッセイ

貨幣数量説とランダム・ウォーク

飯田泰之

Iida Yasuyuki
一九七五年東京生まれ。駒澤大学経済学部専任講師、内閣府経済社会総合研究所客員研究員。著書に『経済学思考の技術――論理・経済理論・データを使って考える』(ダイヤモンド社)『ダメな議論―論理思考で見抜く』(ちくま新書)などがある。

 原始的な貨幣数量説が誤りであることを現在の日本国民ほど実感をもって理解している者はいないでしょう。マネーサプライの伸びとデフレの共存は原始的な数量説では決して説明がつきません。
 最も単純な、または原始的な貨幣数量説は貨幣量(マネーサプライ)と物価が比例的関係にあるというものです。これは東洋では管夷吾(管仲、〜紀元前六四五年)以来、西洋でもアリストテレス(前三八四〜前三二二年)からみられる思考法です。
 そして、現在でも教科書などではおなじみの貨幣数量説はマーシャル(Alfred Marshall、一八四二〜一九二四年)やフィッシャー(Irving Fisher、一八六七〜一九四七年)による新古典派の貨幣数量説です。新古典派の貨幣数量説は、貨幣の流通速度(その逆数はマーシャルのkと呼ばれます)が一定であれば、物価の変化は貨幣量と実物経済の成長率から決まると考えます。
 その一方で、新古典派的貨幣数量説のベースとなる、物価の伸びが「マネーサプライの伸び」「実物経済の成長」「貨幣の流通速度の変化」に分解されるというアイデアは、ケンブリッジ残高方程式やフィッシャーの交換方程式といった恒等関係に基づいていて、定義により必ず正しいものです。
 しかし、現代の経済においては貨幣の流通速度は頻繁に変化するため「貨幣の流通速度が一定であれば」という前提から出発する考え方は予想力がなく、魅力の乏しいものとなっています。
 この「貨幣の流通速度がどこから決まるのか」を考えることが、現代的な貨幣理論の仕事ということになります。その一つの解答が、現在の物価を考えるためには将来の実体経済や貨幣供給量を考慮する必要があるというものです。
 貨幣数量説は二〇〇七年一月の貨幣量から同じ月の物価を説明しようとします。しかし、二〇〇七年一月の物価を決めているのは、同時点の貨幣量よりもむしろ将来の貨幣量かもしれません。
「物価」という抽象的な対象を離れて、やや具体的に原油の価格について考えてみましょう。
 ある日の原油価格を決めるのはその日の供給量だけで決まるものではありません。大規模な油田が発見されれば、その油田自体が操業を開始していなくても、原油価格には低下圧力がかかります。また、中東で国際的緊張が高まり戦争が始まると予想されるならば、実際に戦争が始まる前に原油価格は上昇するでしょう。
 物価上昇(インフレーション)とは貨幣価値(一円の実質的価値)の下落です。物価下落(デフレーション)は貨幣価値の上昇に他なりません。したがって、「将来の貨幣量が多い」と予想されるならば、現時点で貨幣の価値は低下しインフレーションが発生しますし、将来貨幣量の減少が予想されるならその逆です。このように、現代的な経済理論では将来時点に関する「予想」を重視します。
 将来時点を考慮した動学的なモデルが「より正しく、洗練された」ものであるならば、過去の貨幣数量説は予想力のない、ダメなモデルなのでしょうか。しかも、予測力のないモデルが長年にわたり(原始的な数量説に至っては二〇〇〇年にもわたって!)受け継がれるモデルたりえたのでしょうか。
 そうではない! というのが私の仮説です。
 例えば、多くの前近代社会において貨幣として用いられていたのは貴金属(金・銀)です。貴金属の存在量はランダム・ウォークと見なすことができます。つまり、来年にかけて採掘によって増加するか、紛失や摩耗によって減少するかわからない状態にあります。このとき、将来の貴金属量(貨幣量)として最も合理的な予想は「来年も今年同じ貨幣量だろう」と考えることでしょう。したがって、前近代社会においては、現在の貨幣量は将来の予想貨幣量でもあったのです。
 すると、現在の貨幣量(=将来の予想貨幣量)は現在の物価に大きな影響を与えることになります。さらに、前近代社会においては実物経済の成長にも明確なトレンドはなく、ランダム・ウォークと見なすことができたと言ってよいでしょう。
 このように考えを進めると、原始的な数量説は「当時の状況を前提にすれば」それなりに正しいものであったことがわかります。
 一九世紀になると、実物経済の成長は景況や科学技術の発見から予想可能なものとなったのです。その結果、原始的な数量説は実物経済の成長を含んだものに発展する必要が生じました。こうして生まれたのが、一九世紀当時は予想力があった新古典派的貨幣数量説と考えられます。
 一九七〇年以降、主要国は通貨量を人為的に調節する管理通貨制度下にあります。貴金属との結びつきを消失した貨幣制度の下では、新古典派的な貨幣数量説の説明力は低下します。マネー(正確にはベースマネー)の量は増えるか減るかわからない\\ランダム・ウォークする変数とは言えません。マネーの量は金融政策から決まります。すると、現代では金融政策に関する予想こそが物価変動を理解するキーとなるのです。

◎――――連載

気になるキーワードを徹底研究
ビジネスマンのための健康ラボ 第17回

【男性更年期障害】

話し手 松井宏夫

 男に更年期――? 首を傾げる方もいるかも知れません。
 確かに更年期障害といえば女性特有の病気というのが通り相場でした。しかし、それも今や昔の話。最近は男性の中にも更年期にまつわる諸症状で悩んでいる方がずいぶん増えているようです。
 大学病院を中心に、男性更年期専門外来も各地に続々開設されているほどです。
 原因は女性の場合と同じく、性ホルモンの不足。ただし、女性は女性ホルモン(エストロゲン)ですが、こちらは男性ホルモン(テストステロン)になります。
 もちろん、加齢とともにテストステロンが減少してくるのは今も昔も同じ。にもかかわらず、なぜ現代の男性だけに急に目立ってきたのかというと、鍵はストレスにあるようです。四〇代、五〇代ともなると、仕事でも生活でもストレスが多くなります。そのプレッシャーは昔の比ではありません。それが男性ホルモンの低下とあいまって、体調に様々な不調を引き起こすものと考えられています。
 男性更年期障害の主な症状も女性のそれとほとんど変わりません。記憶力の低下、うつ、いらいら、不安、疲労倦怠感、性欲の低下などの精神・心理症状と、ほてりや不眠、体力低下、自律神経失調といった身体的症状があります。
 ただ、女性と違って男性のホルモンの減り方は基本的にスローペース。ためにそれとは気づかず、単なる老化と思って見過ごしていたり、他の病気と取り違えて今日は内科、明日は脳外科とドクターショッピングを繰り返す人も少なくないようです。
 あるドクターの話では、うつやED(勃起障害)の原因が男性更年期障害であったり、中には記憶力の低下を認知症の始まりと心配されていた人もいるとか。
 ホルモン充填療法や漢方、薬物療法など治療法も多彩なので、妙だなと思ったら早めに受診することが大切です。

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イラスト

◎――――連載

小説「後継者」第33回

第12章 恋心--(4)

安土 敏

Azuchi Satoshi
◆前回までのあらすじ
スーパー・フジシロの創業者社長・藤代浩二郎が、提携先の大手スーパー・プログレスを訪問した帰り、車中で謎の言葉を残し急逝した。その後プログレスは裏切り、フジシロは独自路線を貫くことを決める。太一伯父の自宅を後にした浩介は重成の家を訪れる。重成の家には、佐藤詠美に似ている重成の妹・美由紀がいた。美由紀から重成の兄が詠美の夫であったこと、詠美の実家がスーパーマーケットを経営していたこと、そのスーパーマーケットが乗っ取りにあったことなどを聞かされる。そして、その乗っ取りの経緯について話し始めた。重成の兄が詠美と結婚したことを知ったプログレスが同窓の好から近づき、親身になってスーパーマーケット経営の相談に乗っていたという。商社では優秀だった重成の兄も、商社とは異質のスーパーマーケットの経営に困惑していた。そんな状況を利用してプログレスは、株式上場へと誘導していくのであった。



 浩介は、お湯割り焼酎を飲むのを忘れて、大五郎、美由紀兄妹の話に聞き入っていた。

「私は、上場にあたって、できるだけ安く株を放出して私の持ち株比率を下げたいと思っている」と佐藤亮治が語ったとき、晋太郎は全面的に賛成した。かねてプログレスの八木豊から「日本の流通業界のあるべき姿」として教えられた「所有と経営の分離」の方向に向かうことになると思ったからである。ようやく、サト屋は一人前の企業になれる。
「でも、お義父さんは、相当大きな損というか、得べかりし大きな利益を失うでしょう」と言うと、亮治は笑って意外なことを言った。
「実はそれほどのことはない。節税対策だ」
 上場したサト屋が順調に発展していくと、株価は数年のうちに3000円を超えるだろう。企業としては、その程度の株価がつく業績でないといけないのだが、仮にいまのままの持ち株比率(50パーセント)であるとすると、亮治の持ち株の資産価値は60億円以上になる。そんなときに亮治が死んだら、高額の相続税が発生して、子供への事業の継承さえむずかしくなる。仮に、いろいろな方法を考えて事業の継承ができたとしても、何十億円も国に納めるのはいかにも馬鹿馬鹿しい。
「だから、上場にあたって持ち株を分ける。この時点で創業者利潤を実現するのだ」
 亮治は、この機会に、創業時に株を持ってくれた親族5人の株と自分の株の多くを手放して、創業時代から一緒に頑張ってくれた子飼いの役員たちと晋太郎・詠美夫妻に、許されるぎりぎりの低価格で譲ることにする、と言った。現在のサト屋の正味資産から計算して、価格は、1株1000円以下でも贈与にならない。
「証券会社が細かく計算してくれた。確かに、私は相続税を払う分以上を皆に分けるようなことになる。しかし、それで昔からの仲間たちに報いることができるなら、私は満足だ。死んでお金を持っていくことはできないからね」
 新たに株を買う人々は、晋太郎夫妻も含めて、そのための現金がない。そこで、亮治は資金不足の人々が金融機関から借金するにあたって保証するという。
「そこまでしていただいたら、皆、本当に喜ぶと思います」
 晋太郎は感銘を受けたが、株を分けたあとの持ち株比率が気になった。
「上場に必要な数の株主を作って、残りを分けると、私の持ち株比率は10パーセント程度になる。君たち夫婦の分を合わせれば15パーセント弱というところだ。それに親戚関係を加えると大体20パーセントになる。社員持ち株会が5パーセント、株主になってもらう役員たちの分が30パーセントあるから、全体の55パーセントが安定株主だ。証券会社も、これはいいと言っている」
「いい形ですね」
 だが、そのときには、亮治も晋太郎も、迫っている危険が見えていなかった。
 ふたを開けてみたら、子飼い役員たちの株式のすべてがプログレスに譲渡されていたのである。プログレスは、上場と同時にサト屋の最大の株主になり、支配権を握った。かつてサト屋と呼ばれた会社は、プログレス系のスーパーマーケット、日本海アドバンスと名を変えた。
 子飼いの役員たちが、どういう過程を通じて、また、どういう心理に基づいて株を手放したのかは、直後には亮治にも晋太郎にも分からなかった。

6

「要するに、ぼくは八木さんに騙された」
 事態に驚いて訪ねてきた妹の美由紀に、晋太郎はかすれた声で言った。声と同様に体も衰弱しているように見えた。
 晋太郎が口にした「要するに」という言葉の持つ、比類なく重い意味を、美由紀は感じた。八木と呼び捨てにしてもいいのに、いや、むしろそうすべきなのに、相変わらず「さん」づけで呼ぶ晋太郎の折り目正しさに、美由紀は哀れを感じた。
「いまになってみると、いろいろ思い当たることがある。八木さんに、ぼくは子飼いの役員たちのことを詳しく話した。ぼくの苦労や悩みを分け持ってくれる人だと思った。中林雄三常務がローカルスーパーには稀なほど有能な男であること、子飼い役員たちのボスだということ、人間的には癖があること、そして義父に対して不満を持っているらしいことなども話した。ぼくが八木さんを手引きしたようなものだ」
「いくらそうでも、役員たち全員が創業社長である佐藤亮治を裏切るのは余程のことよ」
「そこのところは、いまもって、ぼくにはよく分からない。そのうちのふたりには、当人に会って聞いてみた。義父は、サト屋を育てる数十年を通じて、『会社は公器だ。跡を子供に継がせるようなことはしない』と言い続けてきた。子飼いの役員たちは、その言葉を素直に信じていたらしい。義父は正直者で鳴らしていたからね。中林もそれを信じていたばかりでなく、後継者は自分だと思っていた。いや、後継者どころではない。実は、そのことについては、さすがに、八木さんにも話したことはなかったのだが……」と、晋太郎はちょっと言葉を切った。「中林は、詠美と結婚したかったようで、ある時期、詠美は、かなりしつこく迫られた。結婚したあとで、ぼくは詠美からその話を聞いた。詠美はぼくと結婚し、ぼくが佐藤亮治の跡を継ぐことが明らかになった。しかも、詠美も同じ会社で働いており、サト屋は、最近、かえって同族経営色を強めた感じさえする。中林はおもしろくなかっただろう。そんなことが、今度の裏切りの背景にあると考えられる」
「中林が他の役員を扇動したのね」
「八木さんは最初に中林を味方につけたに違いない。中林には、人格的には信頼できないようなところがあって、それゆえに義父は彼を後継者に選ばなかったのだと思うが、実は、それこそ八木さんの望む人物像だったはずだ」
 ひょっとして、サト屋の人々の間に、晋太郎を後継者にすることに抵抗感があったのではないか。美由紀に、そんな考えがうかんだ。
「訊きにくいことを訊くけど、タロちゃんはサト屋の人たちに受け入れられていたの?」
「そこが問題だったと、いまにして、ぼくは思う。ぼくは、サト屋に入って間もなかったから、まだ要領が掴めないだけだと思っていたのだが、ぼくは一言で言って、スーパーマーケット業界というか、流通業界というか、そこに馴染めなかった。それは総合商社とはまったく異なる世界だった」
 晋太郎は、疲れた目を天に向けて、しばし考えをまとめていた。
「ぼく自身の意識としては、非常におもしろい業界だと思っていた。いや、そう思おうとした。だから、ぼくの商社マンとしてのビジネス体験を掘り起こし、ぼくなりに勉強して、いろいろなアイデアを出してみた。車を運転できない高齢者を対象にして宅配サービスを行うこと、地盤沈下した地方都市の中心市街地に小型店を出店すること、心のこもったサービスのために対面販売を復活させること、各地の農業経営者を活用して特色ある野菜を扱うこと、全国のデパートと提携して各地の名産品をサト屋の周辺に住む人々が手軽に手に入れることができるようにすること、などなど、他社にないことをサト屋はどんどんやるべきだと主張した。他社と同じことをやっていたのでは生き残れないと思ったのだ。でも、ぼくのアイデアはすべて受け入れられなかった。営業の連中が反対しただけではない。社長も応援してはくれなかった。それどころか、詠美も笑って、駄目サインを出した。『いろいろアイデアを出す前に、もう少し現場のことを勉強したら?』なんてやられたよ」
「タロちゃんは社内で浮き上がっていたのね。それともある種のイジメ?」
「いや、社長や詠美がぼくをいじめたとは思わない。要するに、業界の体質がぼくに合わなかったのだ。あるいは、ぼくが何かを分かっていなかった。そこを八木さんにつけこまれた」
「そういうことなのね」
 美由紀は溜息を吐いた。
「あとになってから、ある役員が言った。創業者利潤を、いま実現したいのはオーナー一族だけではないとね。彼らは、プログレスとの提携なしには、サト屋は生き残れないと大まじめに考えたのだ。八木さんが、サト屋の店の近くにプログレスの大型店が出ると脅したのだと思う。それでサト屋の業績が落ち株価が下がったら、いったい借金はだれが返すのかとね」
「その後、八木さんとは会ったの?」
「会った。会ったが、まるで別の人になっていた。望むなら、ぼくを役員として残してあげてもいいと言った。ぼくは、その場で断ったよ」

 サト屋社長の佐藤亮治が、突然の交通事故で死んだのは、美由紀が晋太郎と話した翌日のことだった。夕食後に自ら車を運転して出て、家から10キロほど先の県道から崖下の谷底に転落したのだ。遺書もなかったし、酒を飲んでいた亮治が運転を誤って、曲がりくねった道から転落したとされた。しかし、亮治をよく知る詠美や晋太郎は、事故だとは思わなかった。そもそも夜9時過ぎに、そんな場所に行く理由がまったくなかったし、シートベルトをしていなかった。自殺以外には考えられなかったが、それを口に出すのははばかられた。亮治はプログレスに、人生で作ってきたすべてを奪われた。おそらくもっともショックだったのは、子飼いの役員たち全員に裏切られたことだろう。遺書がなかったのは、亮治の遺族、なかんずく晋太郎への思いやりだったろう。
 だが、その思いやりには意味がなかった。
 晋太郎はさらに落ち込み、美由紀を帰したあと、詠美とさえ口をきかなくなり、数日間、自室に籠っていた。自殺のおそれを感じた詠美は細心の注意を払っていたのだが、ほんのわずか目を離した隙に家を抜け出し、近くの山林で首を吊った。詠美にあてた遺書があり、その内容は、徹頭徹尾、自分の愚かさに対する嫌悪感の表明と義父や詠美に対する謝罪の言葉であった。

7

「兄は、きわめて有能な商社マンでしたが、スーパーマーケットの経営者として何かが欠けていたようです。詠美さんが言っていました」
 経過を話し終えた大五郎は、結論づけるように言った。
「商社マンとスーパーマーケット経営者と何が違うのか」と浩介は、理解しがたいという表情で、グラスのなかに残った焼酎を飲み干した。大五郎が慌てて、注ぎ足した。
「詠美さんによれば、商社の商売は狩猟、スーパーマーケットの商売は農耕だそうです」
「狩猟と農耕?」
「戦争に喩えると、ゲリラ戦と連合艦隊決戦だそうです」
「スーパーマーケットがゲリラ戦か」
「いいえ、商社の商売が狩猟かゲリラ戦です。つまり、商売を担当した個人個人の才覚で勝敗が決まる。あくまで個人的で、組織的でも科学的でもありません。それに対して、スーパーマーケットは、農業のように自然の原理に則り、集団で科学的に仕事を進めていく。あるいは連合艦隊の作戦行動のように、各艦の役割を明確化し、各艦もまたその役割を分担しつつ、司令長官の指示のもとに一糸乱れぬ作戦行動をとる。そういうものだそうです」
「何だか、反対のように聞こえるが」
「いいえ、反対ではありません。商社の商売に必要なのは、流動的な状況のなかに於ける営業マンのヒラメキの冴えであり、即決即断の素早い動きです。それによって、いい結果が出せれば、それでいいのです。それに対して、スーパーマーケット経営者にとって必要なのは、ひとりで動かすことのむずかしいものを、大勢で組織的に動かしていくためのリーダーシップです。商社と違って、取り扱うものが、一つひとつ手に取って扱える物理的な商品や設備であり、従業員も具体的な個人の集合体です。しかも、顧客が不特定多数です。そうしたすべてをコントロールするためには、非常に科学的なアプローチが必要になります。一言で言えば、商社マンはヒラメキで勝負し、スーパーマーケット経営者は科学的分析に基づく統率力で勝負するのです。兄は、ヒラメキ派でした」
「そういうものか」
 浩介は、自らの資質を振り返るためか、ちょっと考え込んだ。
「大丈夫です。ゴルフはヒラメキではなく、科学に立脚しております。なぜって、止まった球を打たねばならないからです。失礼ながら、社長は最適任者だと信じております」
 深刻な話題だったにもかかわらず、大五郎らしいジョークが顔を覗かせ、浩介は何を生意気に、馬鹿なことを言うと顔をしかめたが、ふと気づいた様子で時計を見た。
「えらいことだ」
 午前1時を過ぎていた。
「お泊まりいただいたらどうですか」
「いや、帰る」
 運転代行を呼ぶためだろう、浩介は立ち上がり、慌てて携帯電話を取り出した。
「そうですか」と大五郎が言った。「実は、お泊まりになるとおっしゃったらどうしようかと思っていました。布団がないんです」
 浩介は、相手にせず携帯電話に向かって話し始めた。

◎――――連載

連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート 第61回

医師、弁護士、教員の資格制度をどう見直すか

佐和隆光

Sawa Takamitsu
1942年生まれ。立命館大学政策科学研究科教授および京都大学経済研究所特任教授。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。

大学教員は免許制のない唯一の専門職

 国家試験というものがある。医師、歯科医師、司法官、公認会計士、建築士、薬剤師、看護師、小中高校の教員など専門職の「免許」ないし「資格」を得るための国家試験が、その代表例である。近年、就職難のせいもあって、国家試験による「資格」を取得できる学部(法学部や医学部など)が、大学入試の難関となっている。
 日本人は無類の試験好きのようである。典型的な例を挙げれば、法学部に入学した学生の多くが、入学するや否や、司法試験の予備校に通いつつ、六法全書と首っ引きで大学図書館にこもり続ける。大学四年生のときに、めでたく司法試験に合格して、司法官の「資格」を獲得し、判事、検事、弁護士などに奉職する。彼らにとっては、試験への挑戦こそが生き甲斐のように見受けられる。こういう類(ルビ=たぐい)の人に、人を裁くことを任せるのはおぞましい限りだ、と思うのは私のみであるまい。
 安倍晋三総理の肝いりで立ち上げられた教育再生会議の論点のひとつに「教員免許更新制の導入」がある。「なぜ教員だけが」というのが、私の率直な感想である。先に挙げた専門職のなかでも、小中高校の教員が教える内容は「十年一日のごとく」変わらないどころか、易しくなりこそすれ難しくなることはほとんどない。その意味で、小中高校の教員は、いったん取得した資格が古びにくいという点で、類稀(ルビ=たぐいまれ)なる専門職である。
 ついでに言っておくと、日本の大学の教員になるには、奇妙なことに、まったく何の資格も求められない。教授職に就くには、「博士号を取得していること」が条件とされているが、「それに準ずるもの」という但し書きがついているから、事実上、この資格条件はあって無きに等しい。少なくとも日本では、大学教員だけが「無資格」で就ける唯一の専門職である。
 大学教員の採用に当たっては、業績が決め手とされる。森鴎外の造語である「業績」の狭義の英訳はパブリケーションなのだが、最近では、テレビ出演、政府の委員会委員を務めるなどの社会活動をも、業績とみなす場合が少なくない。有名人を「広告塔」として教員に迎えるためには、業績を拡大解釈せざるを得ないのである。
 大学教員は教育と研究のプロフェッショナルでなければならないのだから、昨日まで、会社や官庁の職員、評論家、新聞記者であった人に大学の教員が務まるはずがない、と私自身は考える。

教員免許制見直しのはらむ矛盾

 安倍首相が唱える「教育現場からダメ教師を排除し、教育の質を高める」ことをねらいに、教員免許の更新期間を五年に短縮し(中央教育審議会の答申では一〇年)、正式任用前の「条件付き任用期間」(試用期間)を現在の一年間から三年間に延長するとの意見が、教育再生会議の大勢を占めているそうだ。
 そこで問われなければならないのは、「更新」の是非の判断基準はいったい何なのかである。新聞報道によると、保護者らによる外部評価や、校長の評価が決め手になるそうだ。試用期間の延長は、教員の質を確保するために、採用時に十分時間をかけてチェックの目を光らせるべきである、との意見を反映してのことのようだ。
 その半面、「専門的な知識を有する一般社会人に対し、都道府県の教育委員会が検定や第三者による推薦で教員免許を付与する」特別免許状制度を積極的に活用して(二〇〇六年四月現在で一九五件に留まっている)、「社会人の採用枠を採用者全体の二割にする」という数値目標を設けることで合意が形成されたと報道されている。「教員の半数程度を民間人から採用すべきだ」との強硬な意見も出たそうだ。先に大学教員について述べたのと同じ理由で、私は社会人を無免許で教員に採用するのには反対である。
 アメリカの大学では、博士号(PhD)を取得していることが、大学教員になるための必要不可欠な「資格」とされている。助教授には数年間の任期が設けられている。すなわちアメリカの大学には、教育再生会議の提案する試用期間が備わっている。試用期間を終えたのち、テニュア(終身被雇用権)のある准教授に昇進させるか否かの決定は、助教授在任中の業績(査読付き専門誌に掲載された論文の数とそれらの質)のいかんによる。業績が豊富ならば、いまより格上の大学からオファーが舞い込むし、業績が乏しければ、格下の大学に職を求めざるを得なくなる。すべての大学が試用期間を設けているからこそ、業績の次第に応じて、応分の准教授ポストないし研究職に就くことができる。少なくとも、助教授時代の業績不振で失業する心配はほとんどない。
 さて、小中高校の教員の試用期間を三年に延ばすのだとすれば、試用期間後に「不適格」との烙印を押された教員は、年齢的にいっても、再就職の道はかなり狭くなる。日本のような硬直的な雇用環境のもとで、いったん採用された教員に、無能力というレッテルを貼って三年後に解雇するなどといった酷(ルビ=ひど)い制度が有効に機能するとは思えない。採用時に慎重を期すること、そして教師として不適格な人材であるか否かは一年も経てば露呈するはずだから、試用期間をいままでどおり一年とすべきである。
 免許更新の手続きをどうするのかも問題である。保護者らの外部評価とは言うけれども、「言うは易く、行うは難し」である。外部評価委員の意見が一致を見ないときにはどうするのか。「不適格」と判定する委員が一人でもおれば、免許は更新されないのか。それとも、多数決なのか、三分の二の賛成が必要なのか。二八歳で教員免許をはく奪されたものの行く先は、等々、問題はつきない。

弁護士社会の到来が怠け医師を淘汰する

 司法試験や公認会計士試験はいずれも難関だが、受験資格に制約はない。言い換えれば、独学で資格を取得することができる。医師国家試験、薬剤師試験の受験資格は、それぞれ医学部か薬学部を卒業ないし次年度末までに卒業見込みであることとされている。医師の場合、医学の知識にくわえて、臨床教育が必須とされているからだろう。言い換えれば、医学書を独学しただけで、医師国家試験に合格することはできるだろうけれども、それは許さないと定められている。
 教員の免許更新制をというのなら、司法官、公認会計士、医師の免許にも更新制を導入すべきだということになる。判事、検事、弁護士、会計士、医師は、いずれも人間の生命や人生に関わる重要な仕事である。しかも、医師は医療技術の進歩により、会計士は会計基準のグローバル化により、新しい知識をインプットし続けなければならない。司法官の場合は、新しい判例を身につける必要があるし、国際弁護士を目指すには、外国の判例にも目を通さなければならない。というわけで、これら専門職への免許更新制の導入の必要性は、教員以上に高い。
 以下、医師に限って、免許更新の問題について考えてみよう。医療の場合、情報の非対称が甚だしい。すなわち、医療サービスを需要する側の患者には、たとえば、問診を受ける内科医の診断能力、外科医の手術の巧拙などについての情報がほとんど伝わっていないのが問題なのだ。週刊誌レベルの名医情報は乱れ飛んでいるが、その信ぴょう性は疑わしい。大学病院で外科手術を受ける際には、老練な教授クラスの医師に執刀してもらうのと、入局したばかりで経験不足の医師に執刀してもらうのとでは、患者にとってのリスクは大違いである。医師の能力についての情報に基づき医師を選択する自由が、患者にいっさい与えられていないのが実情である。現状のままだとすれば、やはり五年ごとくらいの免許更新制を導入せざるを得ないだろう。
 中国では、病院に行くと、それぞれの科別に医師の名前がずらりと並んでおり、名前の下に、初診の問診の値段が書いてあるそうだ。ある中国人の体験談によると、彼女は病院の眼科に診察を受けにいった。すると、十数名の医師の名前の下に初診の問診料がリストされてあった。その値段の幅は六元から六〇元だったとのこと。ことほど左様に、中国の医師は市場による厳しい判定を受けている。そのため、無能な医師は市場の力で淘汰される運命のもとにあり、免許更新制を導入する必要性はまったくない。
 ロースクールの開学により、弁護士の数が漸増し、さほど遠くない将来、日本もアメリカ並みの弁護士社会となるに違いない。弁護士社会の到来を、最も恐れなくてはならないのは医師であろう。弁護士が増えれば増えるほど、医療訴訟が増えるからだ。不注意な医療過誤を防ぐという意味で、また医師の淘汰のメカニズムとして機能するという意味では、弁護士社会の到来を歓迎すべきかもしれない。ただし、医師にとっては憂鬱な時代の到来となろう。おそらく、その結末は次のごとくであろう。
 医療の専門化が進み、専門医と一般医との差別化が進む。一般医は小さな医院を開業し、患者を診断したうえで、大病院に勤務する専門医を紹介する。外科的手術をする専門医は、ハイリスク・ハイリターン(失敗のリスクは高いが、収入も多い)であり、失敗に備えて、高い損害保険料を支払い続けなければならない。ローリスク・ローリターンの一般医になるか、ハイリスク・ハイリターンの専門医になるかは、本人がどんなライフスタイルを選ぶのかに依存して決まる。ともあれ、専門医は、自らの技量を磨くべく懸命な努力をするインセンティブが与えられることになる。
 病院の「格付け」も緒に就き始めたそうである。病院が融資を受けようとする際、銀行などから、格付け専門会社による「格付け」を要求されるからである。格付け会社は、財務バランスの健全性、提供する医療サービスの質などを調査し、病院の倒産確率をはじき出す。また、大学附属病院の格付けは、大学の格付けの決め手のひとつとなる。残念なことに、医療サービスの消費者である私たちが格付けを閲覧することはできないが、高い格付けを得た病院は、すすんでそれを公表するだろうから、それだけでも情報の非対称性は多少とも緩和されることとなろう。

◎――――連載

瞬間の贅沢20

武田双雲

Takeda Souun
1975年熊本県生まれ。書道家。http://www.souun.net/
5年間に書きためた書と詩が一冊になりました。『たのしか』好評発売中(詩には英・中国語訳つき)

目では見えないもの
耳では聞こえないもの
口では話せないもの

心は
何かとてつもなく
大きなものと繋がっていた。
だからこそ
心を大切にしなければならないのだ。


双雲

◎――――編集後記

編集室より………

▼あけましておめでとうございます。といっても、この原稿を書いている今はまだ、正月休みを指折り数える慌しい年の瀬。今年は遠出の予定は特になく、書斎の隅にうずたかく積んドクしてある“本の斜塔”を、のんびり片していこうかなと、今から胸ときめかせております。
 本が好き、活字が好き、でこの世界に入って20年余。気がつけば出版界もすっかり元気がありません。活字離れが叫ばれて久しいですが、実は活字の流通量自体は、20年前とは比較にならないほどに増加。ネット上に横溢するTEXTは、サーバマシンとともに鼠算的に増え続けています。
 インターネットは、メディアの一方通行の流れを劇的に変えました。情報の流通コストは激減し、誰もが自由に発信者になれます。資本がメディアを独占していた時代も、今は昔。それどころか、出版社がネットの掲示板やブログ、ケータイ小説を書籍化する構図は、いまや珍しくもありません。
 ネットで情報を自由にタダ取りできますから、情報の値段は下落の一途で、マスコミは青息吐息。新聞にしても、ネットでニュース配信を行った結果、自らの首を絞めて部数は低落。経営が成り立たなくなれば、記者の数も減らされ、記事の質は確実に落ちていきます。似た話では、電子辞書の普及で紙の辞書の採算が取れなくなり、版の改訂もままならないとか。モノを安く手に入れたい欲求が、結果的に欲しいモノを手に入らなくする逆説は、活字の世界に限った話ではありませんが。
 もちろん、書籍や雑誌でしかまかなえないコンテンツ(という言葉も違和感ありますが)はまだまだ存在します。買っていただけるだけの価値の高い出版物を作り続ける矜持を胸に、良い本を出し続けていきたい――。
 今号から表紙も刷新。本年は猪突の勢いで『Kei』も走ります。変わらぬご愛顧を。(田上)

お知らせ………

▼本誌連載時より好評で、読者から単行本化のリクエストもいただいていた「ガンバレ! 男たち」が、書籍となり、『男の復権』というタイトルで小社より刊行の運びとなりました(12月7日刊)。
 東京家族ラボの主宰者として約1万件の家族問題の相談に応じてきた池内さんが、「もっともっと素敵な男が増えて欲しい」という願いをこめて執筆された一冊です。本書の前半に書き下ろしていただいた「大人の男になるための十箇条」と「後悔しないための女の選びかた五箇条」は、女性ならではの視線に、男性読者も女性読者も納得いただけるでしょう。
 連載の再掲にあたっても、大幅に加筆修正し、一線で活躍するマーケターの松木俊介・西村ヤスロウ両氏が序文を寄せています。
「経」から誕生した本を、ぜひご愛読ください。(佐藤)

「Kei」について

「Kei」はダイヤモンド社の広報誌として全国主要書店でお配りしている小冊子「Kei」の電子版です。

論文の投稿を歓迎します

「Kei」では、経済・経営に関する論文の投稿を受け付けております。字数は1000〜4000字。受け付けは電子メールのみです。冒頭に概要、氏名、略歴、住所、電話番号、電子メール・アドレスを添えてください。採否についてのお問い合わせには応じられません。採用の場合は編集室より電子メールでご連絡します。受け付けのアドレスは以下のとおり。

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