CONTENTS

エッセイ

岩田規久男 会社は誰のものか
菊池英博 増税は財政を破綻させる
藤沢久美 投資信託の発掘から、元気企業の発掘へ
山本真司 本を書いてサッカー・チームのスポンサーになる
松井宏夫 現代のキーワードそれは“健康”
ルディー和子 消費者は理性的に考えて行動しているのか? そもそも、人間の頭の中はどうなっているのか?
北野 大 「できる子」をつくる環境
戸田 覚 著者が語る……『儲かる商売のナマ現場が見たい!』

連 載

川勝平太 ヨーロッパのキャッチアップ(3)
安土 敏 小説 「後継者」
佐和隆光 民主党マニフェストに見る「第三の道」
飯田泰之 金融政策とは何か(4)
池内ひろ美 DINKSオヤジにはニートの匂いが
西村ヤスロウ 美人のもと(1)
武田双雲 瞬間の贅沢
編集後記

◎――――エッセイ

会社は誰のものか

岩田規久男

Iwata Kikuo
1942年生まれ。学習院大学教授。著書に『金融入門』『ゼロ金利の経済学』など。

 去る三月にライブドアがしかけたニッポン放送に対する敵対的買収は、一九七〇年代から八〇年代にかけて、米国で流行した企業統治の一手段である。しかし、当時の敵対的買収事件のうち少なからずは、当初想定されていたような効果を上げなかった。それは敵対的買収によって、既存の人的資産が失われたためである。
 敵対的買収が人的資産の棄損を引き起こすのは、敵対的買収者が既存の人的資産の価値を評価しそこなって、既存の有能な社員を辞めさせたり、彼らを新たに雇用した社員に比べて冷遇したりするからである。それでは、利益は増えるどころか、減ってしまうから、株価は低下してしまい、株主の利益も損なわれる。
 重要なことは、敵対的買収者とそれを防止しようとする投資家との間で、透明で、公正な公開買い付け合戦が展開されることである。この制度の下では、敵対的買収者が既存の人的資産の価値を適切に評価して、それを活用するための戦略を示さなければ、敵対的買収に失敗するであろう。それに対して、毒薬条項のような事前の買収予防策は無能な経営者を保護する手段として使われがちで、株主の利益を損なう可能性が高い。
 ライブドアによる買収事件以降、「会社は誰のものか」という問題が取り上げられるようになったが、「会社は株主のものである」ことは自明である。しかし、それは株主が会社の利害関係者の利益を無視して好き勝手できることを意味しない。というのは、株主がどのように自分たちの利益を追求できるかは、発達した、厚みのある転職市場の存在といった制度に依存するからである。米国のように転職市場が発達していれば、社員の勤労意欲に大きな影響を及ぼすことなく、徹底した業績主義に基づいて社員を解雇できる。
    仮に、ライブドアがニッポン放送の敵対的買収に成功し、ライブドアが転職市場の存在を前提に採用してきた「完全な業績主義に基づく経営」をニッポン放送の経営にも持ち込んだとすると、人的資産が毀損され、結局、株主の利益にもならなかったであろう。
 堀江貴文社長がこのようなニッポン放送の社員と自社の社員が直面する転職市場の違いを認識せずに、ニッポン放送の経営に乗り出そうとしていたのであれば、今回の和解による解決はフジサンケイグループの株主にとっても社員にとっても幸いであったといえよう。

◎――――エッセイ

増税は財政を破綻させる

菊池英博

Kikuchi Hidehiro
一九三六年生まれ。東京大学教養学部卒(国際関係論・国際金融論専攻)。旧東京銀行入行、ミラノ支店長、オセアニア総支配人、豪州東京銀行取締役頭取などを歴任。現在、文京学院大学教授。専攻は、国際金融・金融論、日本経済論。著書に『銀行ビッグバン』『銀行の破綻と競争の経済学』などがある。

 いよいよサラリーマン大増税が始まろうとしている。本年六月に政府税制調査会が発表した「個人所得税に関する論点整理」の案によれば、標準家族(年収七〇〇万円、妻は専業主婦で、高校生と中学生の子供が二人)の納税額が三九・七万円から九〇・三万円に跳ね上がる。

なぜ減税しないのか

 私は毎年アメリカに行き、政府や金融街の要人と意見交換している。最近では「アメリカは、日本が米国債を買ってくれるので減税をし、経済が活況を呈している。日本は自分の金で減税ができるのに、どうしてやらないのか。減税すれば、景気がよくなり、税収があがって、政府債務など吹き飛んでしまうではないか」と言われることが多くなった。それなのに、日本では「財政危機だ、財政危機だ」と政府が喧伝し、いよいよ大増税を迎えようとしている。なぜこれほど違うのか。

日本は財政危機ではない

 世界一の金持ち国家が、なぜ大増税をしなければならないのか。日本国債は順調に消化され、最近では家計や個人が買っている。証券市場でみる限り、財政危機ではない。それは日本が多額の金融資産を持っていることを、市場が知っているからだ。
 日本政府は国内総生産(GDP)に匹敵する金融資産(四八〇兆円)を持っている。しかし、これを隠して債務残高ばかり誇張し、危機をあおっている。政府が持っている金融資産を債務残高から控除した「純債務」(ネットの債務)でみれば、日本は財政危機ではないのだ。
 財務省は昨年九月末に政府の借金として、粗債務(総債務残高)七八〇兆円(国債と財投債五八七兆円、政府保証債八七兆円、政府保証債務五八兆円)だけを発表した。しかし、内閣府の国民経済計算から推計すれば、政府は金融資産を四八〇兆円持っている。四八〇兆円の内訳は社会保障基金(国民年金と健康保険の積立金)二三〇兆円、内外投融資一六〇兆円、外貨準備九〇兆円である。これだけ資産を保有していながら、発表しないのは、国民を欺くことではないか。これらの金融資産を粗債務から控除した純債務は二五〇兆円に過ぎない。これは国際比較すると、ユーロ地域並みで健全な数値だ。

投資不足で名目GDPがマイナス

 日本の問題は、政府債務のGDP比率が年々上昇していることだ。この指標は政府債務(国債)の国民負担度を示すものであり、この指標が低下することが望ましい。
 日本の名目GDPは一九九七年に五二一兆円あったものが二〇〇三年には四九七兆円まで落ち込み、これがこの指標を悪くしている理由だ。名目GDPが伸びるどころかマイナスになっているから税収も伸びない。一九九七年に五四兆円あった税収は、二〇〇三年には四一兆円に落ち込んでいる。これは一七年前の一九八六年並みの税収だ。
 なぜ名目GDPが減少しているのか。これは小泉政策が典型的なデフレ加速政策(デフレのときに緊縮財政、投資関連支出の削減、無用の不良債権処理による企業つぶし)であり、その結果、極端な投資不足になっているためである。その上、不況のときには民需喚起のために増加すべき公共投資を五年連続して削減していることも、税収を激減させる原因だ。また、日本の財政支出は主要国の平均で勘案すると、一〇〇兆円程度あってよい。財政支出が適正規模に達していないのである。
 現在の政策が悪いから税収が激減し、そのツケが増税という形で現れようとしている。

一〇〇兆円の投資振興策の設定

 そこで投資減税と民需喚起の公共投資のために、一〇〇兆円の投資枠の設定(五年間継続)を提案したい。投資減税五〇兆円で、製造業を対象に投資額の一五%を補助する。これで国内産業空洞化を阻止し、国内の雇用を促進する。加えて、国土保全、緑化促進などの環境対策、ナノテク、太陽電池に象徴されるハイテク開発に対しても五〇兆円程度の投資枠を設定する。こうすれば、名目GDPは年々四〜五%程度の成長に戻り、税収も五五〜六〇兆円に戻るであろう。こうなれば、財政危機など吹き飛んでしまう。
 民間銀行には一〇〇兆円を超す資金が余っており、これが政府短期国債などに流れ、外貨準備に転じて米国債購入に充てられている。この資金を使えばいいのだ。日本政府は新規国債を発行して市場消化を図り、既発債を購入して資金供給すればよい。これを繰り返してゆけば、そもそも国民の預金である外貨準備の円資金(米国債の購入資金)を日本経済再興に振り替えることができる。世界一の金持ち国日本は、自分のために自分の金を使えば、必ずデフレから脱却できる。増税はまったく必要ない。知恵を出して、未来を開くことが必要なのだ。

◎――――連載

歴史が教えるマネーの理論 第15回

●金融政策とは何か…4

政策目標の統一は必要か
―――金銀複本位性のメリットとデメリット

飯田泰之

Iida Yasuyuki 一九七五年東京生まれ。駒澤大学経済学部専任講師。著書に『経済学思考の技術――論理・経済理論・データで考える』(ダイヤモンド社)、『昭和恐慌の研究』(共著・東洋経済新報社)などがある。

●金融政策とは何か…4
政策目標の統一は必要か
―――金銀複本位性のメリットとデメリット

 数回にわたって江戸時代の貨幣政策、とくに徳川家斉・水野忠央による文政改鋳の効果について考えてきました。その中で、一つの問題として浮かび上がったのが「江戸時代の金融政策には複数の使命があった」という点です。
 第一の文政改鋳、それに続く天保改鋳の際に強く意識されていたのが、貨幣改鋳益による財政収入の確保という使命です。そして第二が、徳川吉宗・大岡忠相による元文改鋳で意識されていた米価の安定化――具体的には武士の収入を確保するために米価をある程度上昇するようにすることです。そして、第三は現代の金融政策にも通じる、一般的な物価水準の安定化です。
 これらのうち、第二・第三の目標は時に矛盾します。武士の生活を、短期的に、向上させるためには米価は上昇し、その他の財の価格(諸色)は低下するのが望ましいということになります。しかしこれは、貨幣・金融政策では達成不可能な問題です。

相対価格と一般物価

 その理由は、マネーに関する政策が決めるのは物価水準であるという本連載の中心命題にあります。
 貨幣数量説への批判とその発展、さらにはその為替レート理論への応用を通じて説明してきたのは、「現在から将来にわたるマネーの量(への予想)が、物価水準を決定する」という命題です。ここでくり返し注意してほしいのは、物価水準と個別財の価格の違いです。
 江戸時代の武士にとって望ましいのは「米が高くその他の財が安い」ことです。しかし、米とその他の財の相対的な価格(価格比)は、政府がコントロールできるマネーでは変えられません。相対的な米価安の諸色高を、貨幣改鋳によって是正することはできないのです。
 江戸後期は、生活が豊かになると米以上に他の商品への需要が大きくなる社会であったと考えられます。すると、改鋳によってマネーを増大させ、インフレ的好況を招く政策は、相対的な米価安の諸色高に拍車をかけることになります。
 このような社会情勢の中で、多くの中・上級の武士によって支持される政策は、貨幣量を停滞させ慢性的なデフレ下に社会を置くこと……ということになります。実際に寛政の改革(1787〜1793年)から文政の改鋳までの30年間は長期的な価格停滞局面にありました。デフレ政策は、当時の儒教的倫理観では「下賤」な職業である商工業者の生活条件を悪化させることを通じ、相対的に武士の地位を向上させます。現代まで残る新井白石や寛政の改革を賛美し、拡大政策を批判する評価を生んだのは、当時の中・上級の武士による記録・社会評論だったのではないでしょうか。

金銀複本位制とグレシャムの法則

 このように、複数の政策目標を持つとき、その双方を金融政策によって達成することはできません。金融政策は相対価格を左右できないのです。しかし、相対価格の性質を上手に利用したちょっと変わった金融政策システムがあります。それが金銀複本位制です。
 現在の日本円は言うまでもなく不換紙幣制度の下にあります。さらに、江戸時代の貨幣もまた、その額面価値に見合うだけの金銀を含んでいなかった点で、一種の不換紙幣制度であったといってよいでしょう(※1)。一方、20世紀初頭には通貨制度の常道とされ、そして広い意味では戦後の1945年から71年にかけて、多くの国が採用した通貨制度は金本位制……一定量の金と通貨の交換比を固定するシステムです。  金銀複本位制は金本位制と類似のシステムですが、大きな違いは、金銀複本位制では金・銀それぞれと通貨の交換レートが公的に定められる点です。例えば、1円=金1・5g、1円=銀24gとの兌換を保証します(※2)。すると、この例では政府が金1g=銀16gの交換を保証しているのと同じことであると分かるでしょう。
 このように金銀複本位制下では、通貨との交換比を公的に決定する対象(金本位制では金、金銀複本位制では金と銀)を正貨と呼びます。実際には近代的な複本位制は各銀行が正貨を準備した上で紙幣を発行するというものでしたが、ここでは金貨・銀貨がそのまま使われ、自由に溶かして地金にできるとしましょう。
 金銀はもちろん貨幣以外の用途、装飾品や工業製品の材料などにも用いられます。さらに、鉱山での産出量の増減によって金・銀の供給動向は大きく変化します。すると、その需給動向次第で、金属としての金と銀の価格比は日々変化することになるでしょう。

「銀貨が悪質」になる条件とは

 仮に銀の採掘効率が向上した、または海外で銀が余り気味になっているとしましょう。その結果、市中での金価格:銀価格=1:20になったとします。すると、公定レートである「金1g=銀16gの交換」は銀を過大評価していることが分かるでしょう。市場では金の1/20の価値しかない銀が、貨幣としては金の1/16の価値を持っている……このとき銀貨は悪貨なのです。ここでグレシャムの法則を思い出しましょう。人々は良貨である金は手元に置き、悪貨である銀貨を支払いに用います。また自由な鋳造が可能な場合には、2円60銭分の金(4g)を手放して銀80gを購入し、その銀を用いて3円30銭分の銀貨を鋳造するかもしれません。
 金銀複本位制の下で、実際に用いられる正貨は、市場での金銀価格比に比べ公定レートで過大評価されている方のみということになります。これは何を意味するのでしょうか?

複本位制の自動調節機能

 先ほどの例では、銀の生産量が増えて銀の市場価格が相対的に低下すると、マネーとしては銀が用いられるようになりました。これは金についても同様です。金の産出量が増大するとマネーとしては主に金が用いられるようになります。つまりは、金銀複本位制下では金・銀のうち数量が多い、または増加しているほうが、事実上のマネーの総量を決定するのです。このシステムはよく言えば強力なデフレ阻止機能、悪く言えば強いインフレバイアスを持っています。
 金銀複本位制は、19世紀前半のヨーロッパでは一般的な通貨制度でした。近代日本初の兌換通貨制度である新貨条例(1871年)も、事実上の複本位制です。これらの国では金・銀の何れかの供給が増えると経済にインフレ圧力が生じます。1870年代のインフレ圧力の原因は銀の過剰供給です。一方、当時既に金本位制の下にあったイギリスなどは、このインフレ圧力から逃れていました。
 このような状況下で、アメリカは1873年に金本位制に移行します。アメリカは伝統的に金銀複本位制をとる国でしたが、同時期には南北戦争による混乱から一時的な不換紙幣(グリーンバック)制度にあり、その乱発によるインフレが問題となっていました。紙幣乱発によるインフレを抑えるためには、紙幣発行に限度を儲ける必要があり、そのためには金属本位制に復帰する必要があったというわけです。

1873年の犯罪

 しかし、なぜ南北戦争以前の制度(金銀複本位制)への回帰ではなく、金本位制が選択されたのでしょうか。そして、圧倒的多数によって議会を通過した金本位制への移行が後に――「それは立法府が犯した重罪である。そしてアメリカ国民とヨーロッパの民衆の繁栄に対する途方もない陰謀であると歴史に刻まれる事は確かだ」(J・H・リーガン上院議員、1890年)と酷評され、「1873年の犯罪」と称されるに至ったのでしょう? その歴史的経緯や政治的な理由はフリードマン、竹森俊平の論考(※3)に詳述されていますので、ここではその経済的影響を中心に考えましょう。
 アメリカの金本位制移行はインフレを防ぐための政策ですから、当然経済はデフレ傾向になります。さらに、デフレ回避的な機構を持つ複本位制ではなく、金本位制を選択するということは、この傾向に拍車をかけかねません。さらには、経済規模の大きい国が金本位制に移行すると、世界的な金需要が大きくなり、金の価格はさらに上昇します。金本位制は、例えば純金1・6gを1ドルとする制度です。すると金の価格上昇はドルの価値の上昇、そして物価は貨幣価値の逆数ですから……これもまた重要なデフレ要因です。
 これだけの条件が整ったわけですから、当然ながらアメリカ経済はデフレ基調へとシフトします。1873年から1896年にかけてアメリカは、年率1・7%の「緩やかなデフレ」状態を経験しました。これは率の上から考えると「取るに足らない」数値と思われるかもしれません。しかし、財にはその価格が伸縮的なものとそうでないものがあります。全体的な平均価格である物価指数が1・7%低下するとき、価格改定が容易な財の価格は、それ以上に大幅に低下することになります。
 19世紀のアメリカでは、農作物がそれにあたりました。現在では「デフレと不況によって衰退すべき産業、非効率的な企業を市場から退出させるべきだ」を耳にすることも少なくありません。しかし、21世紀の現在を見ても分かるように、当時のアメリカの農業は決して衰退産業ではありませんでした。しかしながら、農作物の価格が伸縮的であるとの理由から、その価格は大幅に低下し農家は困窮するに至ります。
 以上の経済状況を受けて、農業地域などを中心に「金本位制は(商工業地域である)東部と外国資本が画策した、悪意に満ちた陰謀である」という政治的宣伝が大きな力を持つに至りました。その影響を受けて、1896年の大統領選挙では金融・貨幣政策の基本姿勢が最大の論争点となります。共和党のマッキンレーは金本位制の存続を、民主党・人民党から指命を受けたW・J・ブライアンは複本位制への復帰を主張しました。
 結果として1996年の大統領選は僅差で共和党が勝利しました。その結果として、金本位制は存続されます……しかし、デフレは継続しなかったのです! 金本位制の存続にもかかわらず、デフレからの脱出が可能となったのはなぜでしょう? それは、金本位制が優れたシステムであったからというわけではありません――答えは極めてシンプルです。現在から将来にわたる金の量が増大したからというのがその理由です。
 その遠因は、1887年に3人のスコットランド人科学者によってもたらされました。シアン化合物法という金の精錬方法の実用化です。これにより、それまで採算が合わず採掘が見送られていたアフリカの金鉱から、莫大な量の金が産出されるようになります。その結果19世紀末には、潤沢な金の供給(=ベースマネー供給)と将来のさらなる金算出増の予想によってデフレは終焉しました。
 経済学的に正しいデフレ解決策が、全くの偶然により達成されてしまったのです。

※1 金・銀で通貨が製造されていたことから、「江戸時代の貨幣制度を金銀複本位制である」とする解説書がありますが、幕末期を除くとこれは少々誤解を招く表現であるといってよいでしょう。幕政期には貨幣の自由鋳造は禁止されていました。現在の1万円札は紙でできていますが紙本位制とは言わないのと同じことです。
※2 数値例は、後述する新貨条例下の公定レートです。
※3 Friedman, Milton(1992), "Money Mischief," Harcourt.(斎藤精一郎訳『貨幣の悪戯』、三田出版会)、竹森俊平「世界デフレは三度来たる」(『月刊現代』2003年9月号、講談社)

◎――――連載

球域の文明史 第26回

ヨーロッパのキャッチアップ(3)

川勝平太

Kawakatsu Heita 
一九四八年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修了。英国オックスフォード大学大学院博士課程修了後、早稲田大学政治経済学部教授を経て、国際日本文化研究センター教授。著書に『経済学入門シリーズ 経済史入門』『日本文明と近代西洋』『文明の海へ』『文明の海洋史観』など

 今年の社会経済史学会の大会の共通論題「ヨーロッパのキャッチアップ」における斎藤修氏の報告を取り上げてみたい。報告内容は同氏の論文「前近代成長の二つのパターン」(『社会経済史学』七〇巻五号、二〇〇五年)とほぼ同じなので、その骨子を紹介しながら検討を加えてみよう。
 斎藤報告の枠組みは、日本社会経済史研究の重鎮であったアメリカの故トマス・スミス氏の「前近代経済成長―西洋と日本――」(『日本社会史における伝統と創造』大島真理夫訳、ミネルヴァ書房、一九九五年)という古典的論文と、斎藤氏の慶応大学における恩師・速水融氏の「勤勉革命」論である。これらとの関連は後で触れる。
 ヨーロッパ、特に西ヨーロッパ(イングランド、低地諸邦――現在のオランダ、ベルギー)では、一五〇〇年から一八〇〇年の三〇〇年間に陶磁器、掛け時計、テーブルクロス、カーテンなどの生活品は増え、実物面では生活水準は向上したが、実質賃金は低下した。遠隔地交易の拠点都市では資本主義(商業)が発達し、中産層が分厚く形成された。この時期に人口は増加したが、都市人口よりも、農村人口の増加が圧倒的で、増加分の八割以上が農村であった。それがプロレタリアを形成し、農業資本主義の土壌になった。農村における資本形成(建物・農機具などへの投資)は、都市における製造業の資本形成の四〜五倍に達した。農村における農業資本主義と都市における商業資本主義の発展は、人々の行動に影響し、都市ではもとより、農村でも市場での購入を増加させ、消費社会が誕生した。
 一方、同時期(江戸時代)の日本では、反当たり生産高が上昇し、実質賃金は上昇した。日本の都市化率(人口一万人以上の都市人口が総人口に占める比率)は一二〜一三%で、ヨーロッパ全体の一〇%(ただしイギリスでは一七%)と比べて遜色はない。だが、三都(江戸・大坂・京都)などの大都市や城下町の人口は減る一方、農村では都市化が見られた。農村では、肥料は都市から購入し、三都や城下町の住人へ加工品を移出する農村工業が発達し、その生産主体は家族であった。技術改良は労働集約型であった。生産を担った家族経営は強固に存続して農民層分解を抑制し、プロレタリアは生まれなかった。
 ヨーロッパと日本の共通点は市場が発達したことである。市場の拡大は、ヨーロッパでは中間財の生産部門で革新が続き、原料―中間財―製品の間の分業が進展したが、日本では家族経営のために中間財生産部門が自立せず、むしろ、原料から製品まで一貫して作る特産地が形成されて、地域間の交易が進んだ。
 斎藤氏は「社会の基層には物質生活、上層には資本主義、その中層には市場経済がある」というブローデルが『物質文明・経済・資本主義』(みすず書房)で展開した三層構造論を援用し、ヨーロッパでも日本でも中層の市場経済は発達したが、基層をなす農村の物質生活では、日本では自家生産と直接消費をベースにした小農家族経済が発達し、ヨーロッパでは農業資本主義が発達し、上層の資本主義については、江戸時代は外国貿易がなかったので都市の商業資本主義が発達せず、遠隔地交易が盛んであったヨーロッパでは都市に商業資本主義が発達した、とまとめている。
 以上が斎藤報告の要約であるが、見てのとおり、一六〜一八世紀におけるヨーロッパと日本との経済成長のパターンの鮮やかな比較である。
 この斎藤報告には、速水融氏の「industrial revolution(産業革命)vs industrious revolution(勤勉革命)」論が下敷きにある。速水氏の主張はこうだ。
 一八世紀にはイギリスだけでなく日本でも、ものづくりが社会生活の中心になった。ものづくり革命はイギリス産業革命だけで語られてきたが、日本にもあった。イギリスは資本集約・労働節約型、一方、日本は資本節約・労働集約型のものづくりであった。速水氏は、諏訪や濃尾の事例をもとに「家畜という資本の比率を減少させ、人間の労働に依存する形態をとった」すなわち馬力ではなく人力に依存する「勤勉革命」を発見した。ものづくりには、イギリス型と日本型のニつのタイプがあったと主張したのである。
 速水氏は、かなり早い段階から「江戸時代の日本は経済社会であった」と主張していた(速水『日本における経済社会の展開』慶応通信、一九七三年)。速水氏の「勤勉革命」論は「経済社会」論と不可分である。速水氏が勤勉革命論を最初に提起したのは一九七六年の社会経済史学会の大会の共通論題「新しい江戸時代史像をもとめて」であったが、そのときの速水報告は「経済社会の成立と特質」と題されていた。イギリスと日本における経済社会の展開の基礎にそれぞれ「産業革命」と「勤勉革命」があったと論じたのである。
 この時の大会報告は後にまとめられ、論文「近世日本の経済発展と Industrious Revolution」となった(速水他編『徳川社会からの展望』同文舘出版、一九八九年に所収)。その論文で速水氏は「経済社会についての定義はくりかえすまでもないが、市場経済の浸透と言い換えてもかまわない」と述べている。斎藤氏が、アダム・スミスの分業論やブローデルの三層論を借用して説明している市場の発達と内容は同じである。また、速水氏は「江戸時代の農業や手工業にみられる発展の方向は、イギリスにおいて生じた産業革命前夜のそれとは技術的には逆の方向を示す性格のもの」とも述べているが、これも斎藤氏の論旨と同じである。
 斎藤氏の議論は速水テーゼの枠組みにおさまるものであるが、速水「勤勉革命」論への批判もある――「筆者(斎藤)が農業史研究のサーヴェイを行った結果では、牛馬数の減少はどこでも起こったわけではなく、牛馬使用的な農業発展も無視できないこと、しかし、その場合でも、肥料源としての家畜利用が主であったことが判明した。すなわち、革命と呼ぶにふさわしい劇的変化があったというよりは、徳川初期よりすでに多肥-労働集約の径路にあったと解釈する」と。
 なるほど、牛馬数の減少は、速水テーゼの立論の要素である。しかし、牛馬数が減少しなかった地域が存在したからといって、勤勉革命論を否定しさることにはならない。イギリスにあっては人力が馬力に、馬力が蒸気力に発展的に引き継がれるが、立論の要にあるのは労働生産性の上昇である。人力→馬力→蒸気力と変遷するなかで労働の生産性を飛躍的に押し上げたのが産業革命である。それとの対比における日本の勤勉革命の要は、労働の生産性ではなく、牛馬を減らすなり、肥料を工夫するなりして、土地の生産性を世界一に押し上げたところにある。
 ついでながら、この点は「豊かさとは何か」という大きな問題とかかわる。
 速水氏も斎藤氏も、江戸時代の農民の「生活水準の向上」「実質賃金の上昇」など、一人当たりの物量・貨幣量の増大を豊かさとみなしている。だが、これには注意を要する。というのも、勤勉革命とは「超過勤務」を厭わず、懸命に働くことを美徳とする態度の出現である。それに対して、産業革命とは同じ生産高をあげるのにいわば「過小勤務」で済むようにしたことである。労働は美徳ではなく、労働時間を短縮することを重視する。勤勉革命と産業革命とでは、働く者の心のありかたが違う。勤勉革命の生産者は、きちんと働かなければ心が満たされない。つまり、勤勉革命論では「物の豊かさ」だけでなく「心の豊かさ」を考慮しなければならない。
 トマス・スミスは「日本における農民の時間と工場の時間」(前掲、大島訳の論文集に所収)という論文で、その点を考察している。日本では二〇世紀前半においても「労働者が労働時間の短縮にあまり関心をもたない」「超過勤務が多いことを不満とする投書はひとつもない」といった、およそヨーロッパでは考えられない実態の背景として、江戸時代の日本人が時間を、客観的な時の長さとしてではなく、目いっぱい無駄なく使うという道徳的文脈で考えていたと強調している。作物なり加工品を作るのに時間をどう使うのがベストか、というように、物本位の態度である。反当たりの収量を世界最高にするというのは、そのような物本位の道徳と結びついている。一人当たりの所得の上昇で豊かさ論は片づけられるものではない。この点は、もっと掘り下げられるべき主題であろう。
 閑話休題、斎藤報告は、トマス・スミスの論文「前近代経済成長―西洋と日本―」の論旨とかかわっている。スミス論文は一九七三年にPast and Present誌に掲載され、これもやはり一九七六年の社会経済史学会の大会の共通論題の席で、トマス・スミス自身によって紹介され、冒頭で記したように後に論文集におさめられた。
 トマス・スミスは、日本も西洋も、近代化の前に成長経験をしていた事実に着目した。日本では、江戸初期に城下町が形成され、同時代の西洋に劣らず「都市的な国づくり」をしていたことから、都市に焦点を当ててヨーロッパと日本の前近代成長のパターンを比較したのである。
 日本の城下町は例外なく衰退したが、農村では在郷町が成長した。日本は農村中心的な成長を見せたのである。ヨーロッパで都市が発展したのは外国貿易があったからであり、日本で城下町が衰退したのはそれがなかったからで、その分、農村の在郷町が発展したのだ、とスミスはいう。スミスには『近代日本の農村的起源』(岩波書店)という名著がある。スミスの主張はそのタイトルから明瞭であろう。
 斎藤氏の報告は、こうしたトマス・スミスや速水融氏のヨーロッパと日本との前近代成長の比較論を継承し、それらに肉付けをしている。その点は評価できる。

木を見るより森をみよ

 ただ、速水、スミス、斎藤氏等の分析方法には基本的な限界がある。いずれも「縦割り」の比較であり、横の連関が不明である。丸山真男『日本の思想』(岩波新書)で有名になった言葉を借りれば、その接近法は「ササラ」型ではなく、「タコ壺」型なので、西ヨーロッパと日本・アジアとの関係はまったく見えてこない。「キャッチアップ」といった観点は出てこようがないのである。斎藤報告のいう「スミス的成長」の二類型をいかに精緻にしても、「キャッチアップ」「相互関係」「交流」という観点は出てきようがない。速水氏、スミスの論考も同じく「タコ壷」型の接近法である。斎藤氏は速水・スミス説の内容を豊かなものにしたが、その接近法には共通の限界があると言わねばならない。
 斎藤氏は、大会の席上、同時代のインドや中国との比較の必要性にも言及したが、比較対象を増やせば、タイプやパターンの相違についての知識は増えるだろうが、異なるタイプやパターンの「連関」「キャッチアップ」「交流」という観点は相変わらず欠落したままである。部分をいくら精緻に分析しても全体は見えてこない。言い換えると、全体を見る目が欠落しているのである。

◎――――連載

ガンバレ!男たち 第20回

DINKSオヤジには
ニートの匂いが

池内ひろ美

Ikeuchi Hiromi
1961年岡山県生まれ。一女を連れて離婚後、96年にみずからの体験をベースに『リストラ離婚』を著し話題となる。97年、夫婦・家族問題を考える「東京家族ラボ」を設立、主宰する。hiromi@ikeuchi.com
ブログ「池内ひろ美の考察の日々」を始めました。http://ikeuchihiromi.cocolog-nifty.com/
サイト「東京家族ラボ」 http://www.ikeuchi.com/

写真

 二〇〇五年版厚生労働白書によれば、労働時間が長い地域ほど出生率が低い傾向がある。二五〜三九歳の男性で週六〇時間以上働いている人の割合が最も低い島根県(約一四%)では、出生率は全国平均を上回る一・四八。沖縄県ではそれぞれ約一五%、一・七二。六〇時間以上働く男性の割合が二六・四%で全国一位の大阪府は、出生率一・二〇。六〇時間以上労働率二五・五%で二位の東京都は出生率一・〇一。全国平均はそれぞれ二二・四%、一・二九である。

「子どもを作る意味が分からないんですよ。妻も子どもはいらないと納得しています。子どもに縛られずに、お互いに人生を楽しもうと。僕もガールフレンドに不自由したことがないし、妻もボーイフレンドが何人もいて、オペラとか一緒に見に行ったりしてます。僕はクラシックは興味ないので、同好のボーイフレンドがいてくれて助かってるくらい。でも、夫婦仲はいいですよ。年二回は二人で海外旅行に行って、休日には僕がイタリア料理を作ってワインを開ける、人生を本当に楽しんでますよ」
 相談者は四〇代前半の会社員。最近流行りの「ちょい不良オヤジ」風の男性だ。妻は三〇代後半。最近、それぞれの両親から子どもを産めというプレッシャーが大きくなり辟易している。親からすれば、もう最後のチャンスとばかりに焦って畳みかけてくるという。
「僕が長男だから、跡取りとして子どもを作れと言いますが、弟夫婦に男の子が生まれているし、それでいいじゃないですか? ハッキリ言って、僕は仕事にも遊びにも忙しいし、子どもに自分の人生を邪魔されたくないんです。子どもが好きな人は作ればいいですが、僕は子どもが好きじゃないしね」
 彼はとても能弁で、いかにいまのライフスタイルに納得しているかを延々と語る。彼は都市生活者として、いかにカッコよく生きるかがテーマで、実際に思う通りカッコよく生きていることが自慢だという。子どもができないわけではなく作らない、妻も産まない選択をしたという。
 近年、出生率の低下が問題視され、保育所を増やすなど女性の出産育児環境への整備が主張されている。もちろん、それは重要ではあるが、では環境が整えば出生率が上がるかというと、はなはだ疑問だ。それは、いまの日本において子どもを持つ意味というものが曖昧であるからだ。人は意味のないことはやらない。逆に、子どもを持つ意味が明白であれば、多少環境が悪くても子どもを持つ。
 世界には、保育所どころか住居もなく食料もない、一〇歳を超えた子どもは爆弾を抱えて敵と戦う、そんな地域もある。そんな状況下でも子どもを産む親がたくさんいる。つまり、子どもを産むことに意味を見いだすことができれば、客観的には絶望的な状況にあっても人は子どもを作るのである。
 したがって、日本の出生率が下がっているのは、子どもを持つ意味が失われたことが第一の原因である。昔は、結婚したら子どもを産むものと決まっていて、それは時代の中で明確な意味を持っていた。いまは、各人が子どもを持つ意味を考えなければならない時代となった。そんな中で、子ども一人を育てるのに数千万円が必要で大学を卒業しても就職できなければ教育投資が回収できないとの情報も飛び交う。ならば数千万円というお金を、自分のためにのみ使おうという人間が出てきてもおかしくはない。
 それはそれで、ひとつの生き方なのであるが、男のかっこよさという意味では、あまりカッコよくはない。
 男というものは、何かを引き受けてこそ値打ちが出るものだと思う。ゲバラがカッコいいのは、ちょい不良だったからではなく、世界を引き受けたからなのだが、そこまでいかなくても、会社とか家族とか、男が引き受けるべきものは身近にもたくさんある。そして、子どもの一人も引き受けられない男に、ホントのカッコよさが身に付くとも思えないのだ。
 ちょい不良オヤジを気取るディンクス・オヤジには申し訳ないが、彼らに、ニートな若者たちと似た匂いを感じる。つまり、自分以外の何ものも引き受けようとしない、どちらもある種の脆弱さが故である。せめて子どもくらいは引き受けてみよう。そして死ぬときには、その子どもに、うちのオヤジはカッコよかったと言わせたい。そんな生き方を目指しているうちに本当にカッコよくなると思うよ。頑張れ!!

◎――――エッセイ

美人のもと 第1回

美人のもと

西村ヤスロウ

Nishimura Yasuro
1962年生まれ。株式会社博報堂 プランナー。趣味は人間観察。著書に『Are You Yellow Monkey?』『しぐさの解読 彼女はなぜフグになるのか』など。

 おまえはすぐ外見でヒトを判断する。私に対してそういう批判が多い。確かにそうだが別に反省しない。ヒトは外見に現れるものだと思っている。
 たとえば、こういうことを実験してみよう。鏡を前にして、鼻の上部、両目の間をつまむ。どうですか。あなたの顔がちょっと変わりましたね。どう変わったかと言えば、「金に厳しい顔」になった。テレビなどでお金にまつわる話をしている人たちを見てみよう。その大半の人がその「金に厳しい顔」になっている。なぜか目と目の間が狭くなって見えるのだ。一日中お金のことばかり考えていると、何もしなくても「金に厳しい顔」になっていくのかもしれない。日頃のちょっとしたことが外見に影響を与えていくのではないだろうか。
 あの子、若いころ美人だったのに、嫌な顔になったね。そんな話をたまに聞く。嫌な顔になったという人はたいてい嫌なヤツになっていることが多いのだ。内面や行動が外見に表れていくのではないか。
 女性は誰でも「美人のもと」を持っていると思う。これを十分に活かしている人が美人でいられるのだろう。ところがこの「美人のもと」はワレモノというか取扱注意というか、非常に傷つきやすく減りやすいもののように思う。
 若い女性における美人比率とオバサンにおける美人比率を比べてみると、若い女性の方が勝つだろう。この人は美人だったはずなのに、今は美人とは言いがたいというオバサンは結構いる。そう考えていくと、女性の中の「美人のもと」が年々減っていくのではないかと思う。油断すると「美人のもと」は減っていく。「美人だ」と、もてはやされている有名人でも、内面や行動が悪いと次第に美人ではなくなっていく。「美人のもと」が減っていった結果であろう。
 気をつけよう。「美人のもと」を死守しよう。美人があふれる社会にしよう。とはいえ、具体的にどうすれば、いいのだろう。科学的に「美人のもと」が証明されていないので、「美人のもと」が減っていくだろう瞬間を考えていきたい。

*バス

 突然だが、バスだ。バスでの位置だ。私は仕事の都合で空港に行くことが多い。空港へはたいていバスを利用する。さて、ここで観察してみる。美人はどこに座るのか。
 どこに座るか、そんなことどうでもいい。そう考えるのが美人だろう。ところが自然と避けている場所がある。それは前方だ。理由を考えてみた。前方には「美人のもと」が少なくなってしまった人が多いのだ。「美人のもと」が10%以下になっている感じの人。10%以下なので、ヒトケタさんとでも呼ぼう。
 後ろの方に空席があっても、その人たちは前へ、前へ。大好きな場所は一番前だ。バスの一番前が好きなのは子供とヒトケタさんたち。
 なぜ、そんなに前が好きなのだろう。後ろの方へ行けば、一人で二席使えてのんびりできるのに。謎だ。いろいろ考えてみた。
 バス旅行などでお弁当やお菓子が配られる時、たいていは前からだ。前の方に行けば、早く食べ物にありつける。それをカラダが覚えている。
 子供のころ、車酔いをしやすい子供は前方に集められたことを覚えていて、酔いにくいと思い込んでいる。
 前のガラスから景色が見られると、横だけの後方より得した気分になれる。
 遠足や修学旅行では不良は後ろの方で悪いことをしていたことを覚えていて、いまだに後ろに行くことが怖い。
 運転手さんが安全運転しているかどうかを確認していないと不安でしょうがない。
 単純に奥の方に歩いていくのは面倒だし、降りる時にまた前まで歩いていくのは損な気がする。
 がっかりするような理由しか出てこない。すばらしい理由も考えたいところなのだが。いずれにしても前方は要注意である。
「アナタ、バスの一番前が似合うわね」。そんなことを言われたら「美人のもと」が減っていると思った方がいいだろう。

*走る

 美人は走らないと思われがちだが、走る。むしろヒトケタさんは重要な場面でもなかなか走らない。余計なときは走るのに。
 走り方を見て、人が嫌いになったことはないだろうか。私はある。フォームも重要かと思うのだが、もっとも重要なのは顔だ。美人は走るときにキリッとする。目的地に早く着きたい。そのためにちょっと真剣になる。ちょっとしたひたむきな態度は美しくかわいい。
 ところが、ヒトケタさんは真剣さが足りない。たいてい笑う。笑いながら走る。駆け込み乗車をしてくるヒトケタさんは笑っている。もともと駆け込み乗車はよくない。そんな行為に笑い顔ではいけない。バーゲンセールで品物へ走る。やっぱり笑っている人が多くいる。走っていて、笑っていいのはゴールの瞬間とその後くらいだ。
 なぜ、笑いながら走るのか。ほとんどの理由がテレだろう。テレる場面でもないのに。走ることへの後ろめたさがあるのだろうか。でも、走ってしまっているのだから、そこは真剣に取り組むべきなのだ。
 笑いながら走っている瞬間は危険だ。「美人のもと」がどんどん抜けていく瞬間だ。口をキュッと引き締めて走ってもらいたい。

◎――――エッセイ

投資信託の発掘から、
元気企業の発掘へ

藤沢久美

Fujisawa Kumi
国内外の投資運用会社に勤務の後、一九九六年日本初の投資信託評価会社アイフィスを設立。二〇〇〇年シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。現在、同社副代表。二〇〇五年法政大学専門職大学院イノベーション・マネージメント研究科客員教授に就任。

私の二つの仕事

 一〇年ほど前に日本初の投資信託評価会社を起業したことから、私を投資信託の専門家として見てくださっている方が多いようです。そのため、中小企業支援の活動をしていると、「仕事を変えたのですか?」と質問されることもあります。しかし、私自身は仕事を変えたつもりはなく、二つの大きな柱をそれぞれ深めていきたいと思っています。一つは「個人投資家の拡大推進」。もう一つが「中小企業の支援」です。一見、つながりのなさそうな二つの柱ですが、私の中では深くつながっています。

個人に力を与える投資信託の魅力

 私が投資信託運用会社に就職したのは、「世界の未来を予測する証券アナリスト」という就職情報誌のキャッチフレーズに惹かれたからでした。「未来を知りたい」という思いでアナリストを志望したものの、配属先は投資信託の商品企画部門。当初はわずかな違和感を覚えましたが、商品開発に取り組むうちに、すっかり投資信託の魅力に取りつかれてしまいました。そのきっかけは、香港株に投資する投資信託を作ったときでした。香港市場が投資信託の設定額に応じて変動するのを見て、「投資信託は、小さな力を集めて社会を動かすことのできる大変な商品だ」と実感したのです。
 そして、個人に力を与える投資信託をもっと世の中に広めたいという一心から、一九九六年に投資信託評価会社のアイフィスを設立したのです。

起業を通じて体感した「社会の問題」

 この起業を通じて、私は多くの問題意識を得ました。なかでも強く感じたのは、投資家教育の視点でした。日本では、投資そのものの意味を理解する人がきわめて少なく、個人と社会のつながりを意識する人も少ないようです。そもそも自分の未来の可能性を信じている人が少ないことに、大変驚かされたものです。
 また、経営者としての気づきもありました。社会的意義を持って立ち上げたベンチャー企業でも、「中小零細企業」と一括りにされてしまい、信用などまったくない存在でした。しかし、たとえ信用がなくても、経営者が社会的な使命を果たすためには、共に走ってくれる従業員の生活を支える責任を負っているということです。
 結局、起業から四年が過ぎ、私は会社をスタンダード&プアーズ社へ売却しました。相次ぐ大企業の参入によって投資信託の評価ビジネスが市場を形成しつつあり、私なりの役割はある程度達成できたと考えたからです。しかし、本当に売却を決意させたのは、起業を通じて得た問題意識でした。個人の投資への理解不足や企業への理解不足を改革することが何よりも必要だと感じたのです。

未来を創る中小企業との出会い

 その志を抱いて取り組んだのが、シンクタンク・ソフィアバンクの設立でした。代表の田坂広志氏の著作『ガイアの思想』の「未来は予測するものではなく、創造するものだ」というメッセージに強く惹かれ、これからは未来を拓く仕事に取り組みたいと思ったのです。
 そうして、投資に関する情報発信を続けるなかで偶然めぐり合った仕事が、NHK教育テレビ「21世紀ビジネス塾」のキャスター就任でした。この番組は、全国の元気な中小企業の取り組みを伝えるもので、中小企業を軽視する社会の風潮に一石を投じる番組でした。キャスター就任の条件として私がお願いしたのは、自らも取材先に訪問することでした。
 実際に全国の現場に足を運び、中小企業の様々な取り組みを目の当たりにするたびに、そこに未来を創る企業の姿を見たのです。小さな企業の取り組みは、メディアでも滅多に取り上げられません。しかしそこには、まだ大企業も気づいていない新しい市場誕生の萌芽があり、新しいビジネスが孵化しようとしていました。注目も浴びずにひっそりと新たな市場創りに励む中小企業こそが、実は、私たちの未来の礎を創ってくれている。そう感じたのです。

個人と中小企業が未来を創る日

 中小企業の取り組みを応援する人は、まだまだわずかです。法制度は整っても、彼らに対する社会の視線は未だ変わっていません。けれども、時代が変わり始めました。ITの進歩と金融改革が、個人に社会参加の機会を増やしてくれました。今、大企業や機関投資家が目を向けることの少ない、未来を拓く礎として頑張っている中小企業を個人が直接支援することが可能になりつつあります。かつて、地元の旦那衆がその地域の企業家を支援したように、今度は、そこに住む個人が集まって旦那衆の役割を果たし、社会を創る時代がやってきたのです。
 そのためには、未来を担う優秀な企業を増やすと同時に、私たち一人ひとりが、自分自身の価値観を磨き、社会の未来を考える力を持たなくてはいけません。その社会がやってきたとき、私の仕事の二つの柱は一つになるのかもしれません。


書籍

藤沢久美 著
●定価1575円(税込み)●4-478-37499-6 ●224ページ

◎――――エッセイ

本を書いてサッカー・チームの
スポンサーになる

山本真司

Yamamoto Shinji ベイン・アンド・カンパニー ディレクター。一九五八年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。シカゴ大学大学院で修士号(MBA with honors)取得。東京銀行、ボストン・コンサルティング・グループ、A・T・カーニーを経て現職。著書に『儲かる銀行をつくる』(東洋経済新報社)、『40歳からの仕事術』(新潮社)、『30歳からの成長戦略』(PHP研究所)などがある。

 日本のサッカーの話だ。J1、J2、JFL、関東一部リーグ、関東二部リーグと続き、その下に東京都社会人一部リーグがある。私がこのリーグの強豪、町田ゼルビアのスポンサーになってから約一年が経つ。
 私は約一五年、外資系のコンサルティングファームで、経営コンサルティングを手がけてきた。二年ほど前、将来にむけてコンサルティング分野を発展させようと、細々と新規事業を始めたのがスポーツ・ビジネスの分野であった。
 まず有志とともに東京大学でスポーツ・マネジメント・スクールを開講した。昨年の野球問題では仲間もずいぶんと活躍した。また、私もスポーツ・ビジネスを慶應、早稲田の大学院で講義することになった。
 そんなときに東大でのスクールの生徒である町田ゼルビアの関係者と知り合い、意気投合した。そして前々作の『40歳からの仕事術』(新潮新書)の印税をスポンサー料として使うことに決めた。それ以来、町田ゼルビアの公式戦ユニフォームの胸には、この本の書名が踊ることになった。著者がスポンサーというより、著作がスポンサーという思いでいる。
 このスポンサー就任を決めたのは、町田ゼルビアという本気でJリーグを目指す若者達を応援したいという熱い気持ちが引き金になったのは事実である。しかしこの投資はタニマチ的な支援だけが目的ではない。本気で、ある程度の広告宣伝効果も狙った投資である。

スポーツ・ビジネスの要諦

 なぜか? スポーツ・ビジネスの要諦は、スポーツ競技とビジネスの二つを両立させることである。チームが強ければビジネスが成功するわけでも、財政が安定していればチームが強くなるわけでもない。両者を高いレベルで両立させない限り、経済的に自立して、自らの運命を自ら切り開ける強いスポーツチームは決して育たない。この目標を達成するためには、スポーツ競技における戦略と並んで、ビジネスにおける本格的な戦略の立案と実行が必要なのである。
 スポーツは、人を熱狂させる、また通常観客は、消費性向の高い若者、ファミリー層である。その熱狂のなかは、スポーツと相乗効果を狙った広告宣伝の場所にもふさわしい。
 あくまで、経営の主体をスポーツチームに置き、その商材を利用するという意味でスポンサーになったつもりである。オーナー気取りで選手起用やチーム方針に口出しすることはご法度だ。企業がスポーツ・チームを所有し、経営し、そして広告宣伝媒体として利用するという、わが国企業スポーツ界の慣行とはまったく違うやり方を、自分で試行してみたかったという思いもある。

チームとスポンサーの共存共栄

 幸い、この投資の効果は町田ゼルビアの役に立ったようである。私のスポンサー料を使って、元J2の選手も迎え入れ選手補強を行いチーム力も向上した。リーグ戦での成績も好調であるばかりか、今年は全国社会人サッカー選手権大会への出場も決めた。
 また、ビジネス面でもその選手を中心にサッカースクール、フットサル経営にも乗り出し、着実に町田ゼルビアは、経済的に自分の足で立ち、Jリーグに向けて強く成長していく道を歩み始めた。
 著者である私にも、想像以上のメリットがあった。町田の書店の方々のご協力で、著書キャンペーンにも取り組んでいただけた。このスポンサーの件を全国新聞にも取り上げていただけた。おまけに、今年のスポンサーを前提とした新作の執筆依頼もいただいた。短期的に金銭換算はできない。それはわかって投資したつもりである、しかし、中長期では十二分にペイした投資であると見ている。
 今年もこのスポンサー投資を継続することになった。八月一九日にダイヤモンド社から出版される『20代 仕事筋の鍛え方』が、これからのユニフォームの胸に載るスポンサーとなる。

チームの夢、スポンサーの夢

 こうして、著者がスポンサーで著作がサッカー・ユニフォームの胸に載るという、おそらく世界でも初の試みはビジネス的にも成功を収め、二年目の挑戦に向かうことになる。
 しかし、スポーツ・ビジネスでの成功は、お金だけで計れない。
 町田ゼルビアの選手、スタッフ、サポーターの熱き仲間と触れ合うことで、私自身、多くのことを学んだ。Jリーグという高い目標を掲げて一丸となる姿は、仕事の原点を思い出させてくれたのだ。さらにスポーツへの投資は、地域の子供たちの健全な育成への貢献に参加することや、何よりも国民の心を豊かにするスポーツ文化への貢献につながる。これがスポンサー投資の本当の目的である。
 その目的を継続的に達成するためにも手段としてビジネスでも頭を使い、成果を出すことが重要である。まさに講義で教えていることが生で実感できた一年であった。
 先日、町田市の試合会場に出かけた。スポンサーとしてグランドに立ち、サポーターの方々にご挨拶を申し上げたのだが、応援団から太鼓の音とともに「ヤマモト……」という大声援をいただいた。その瞬間、屁難しいビジネスの話は、忘れてしまった。私の決意は唯一つである。また来年もスポンサーができるように、本を書こうということだ。サッカー・チームのスポンサーになることは、本業の傍らで執筆を行う私の最大の執筆ドライバー(動機づけ)である。


書籍

山本真司 著
●定価1365円(税込み)●4-478-73315-5 ●222ページ

◎――――エッセイ

気になるキーワードを徹底研究
ビジネスマンのための健康ラボ 第1回

現代のキーワード
それは?健康?

話し手 松井宏夫

Matsui Hiroo
医学ジャーナリスト

『みのもんた症候群』をご存知だろうか。日本テレビ系の健康番組「おもいッきりテレビ」の司会者、みのもんたさんが健康法や健康によい食品を取りあげるや、その食品がたちどころにスーパーから消え、健康法がブームになるというもの。その症候群にかかっているのは主婦層が多い。もちろん、ダイエットとなると若い女性も加わってくる。
 一方、男性の場合は二〇代が女性の話題、三〇代が上司の悪口、四〇代が仕事の話、五〇代以降は健康の話になると指摘されている。
 健康を気にする人が多いから健康番組、特集記事、連載記事が多いのか、それとも健康番組系が多いから、より健康を気にするのか。タマゴとニワトリの関係にも思えるけれど、とにかく、病院には患者があふれ、サプリメントはばか売れし、健康産業は花盛りだ。
 それも「がんが治る」などとうたっていたかつてのサプリメントではなく、予防医学、未病医学の範囲に入る補完的な意味で冷静かつ効果的にサプリメントを摂取する時代である。その背景には西洋医学の限界を人々が理解している点が挙げられる。また、「がん告知」「インフォームド・コンセント(説明と同意)」「QOL(生活の質)」「セカンド・オピニオン」などがごく一般的に医療で行われるようになったのも、医療を直視し、患者の権利を正当に訴える
 ?普通の患者??普通の人?が増えてきたからだ。
 もちろん、急速な高齢化社会によって生活習慣病が増加していることも原因として大きい。高血圧患者約三〇〇〇万人、糖尿病患者・予備軍は約一六〇〇万人。死亡者の原因疾患はがん、虚血性心疾患、脳卒中で約六〇万人と、日本人の三人に二人がこれらの生活習慣病で亡くなっている。
 西洋医学以外の医学・医療のすべてを包括する代替医療で科学的根拠が十分に得られると、西洋医学と共に統合医療として発展する。不老長寿をめざすアンチエイジング、また、遺伝的な面からも予防をと考える遺伝外来も始まり、さらに健康のジャンルは広がるばかりである。

◎――――エッセイ

消費者は理性的に考えて行動しているのか?
そもそも、人間の頭の中はどうなっているのか?

ルディー和子

ウィトン アクトン社代表。日本ダイレクト・マーケティング学会理事。社団法人日本ダイレクト・メール協会常務理事。早稲田大学大学院商学研究科非常勤講師。

 新製品の成功率が低下し製品ライフサイクルが短期化する状況が続く中、いつも使われる常套句は、「いまの消費者は昔とは違う。ニーズや好みが多様化し予測するのが難しい」云々。過去三〇年間、いつも同じようなことが言われ続けてきました。
マーケティングに従事する者としても、また、消費者としても、私はこの「消費者が変わった」というセリフが嫌いです。「消費者が変わった」論への反発に加えて、最近の著名企業のマーケティング活動への疑問が、本書を書くきっかけとなりました。
 デフレ時代の勝者としてもてはやされたマクドナルドやユニクロは両社ともに問題を抱えています。マクドナルドは七年間に四〇回以上も価格を上げたり下げたり変更することにより、ハンバーガーの値段はあってないようなものであることを自ら宣言し、ハンバーガーの原価自体への疑問を消費者に抱かせる結果となりました。ユニクロはSPAを突き進めるあまり、ファッション製品を工業製品のように扱ってしまいました。つまり、品質の良いものを安く製造するというメンタリティーだけで衣料品を製造してしまったのです。その最たる例が、カシミアセーターの値段を下げることで、それによって、手に届くちょっとした贅沢品であったカシミアのセーターをコモディティ化してしまったことです。
 本書を執筆するもうひとつのきっかけとなったのは、長い間疑問に思っていた二つのブランドの成功と失敗です。アサヒビールのスーパードライとコカ・コーラの新製品ニューコークです。コカ・コーラは二〇万人の消費者調査をして四〇〇万ドルも使って失敗し、アサヒビールはわずか五〇〇〇人の消費者調査をして成功した。この違いはどこにあるのでしょうか?
 両者の成否を分けた要因を探った結果、面白い結論が出ました。一つは、「単純な消費者」という消費者の実像です。九〇年代からの脳科学の発達によって、人間の思考や感情の大半が無意識の過程で生まれること、したがって、消費者は自分がなぜそうした行動をとったのかをよく理解していないことが多いということがわかりました。つまり大半の消費者調査はあまり役に立たないのです。また、ネットワーク理論や複雑系科学によって、消費者は、まわりがそうするからという至極単純な理由で自分も同じ行動をとる傾向が高いことも明らかになりました。ニューコークが失敗した本当の原因は巷でよくいわれているようなアメリカ市民のクラシックコークへの愛着、ブランドへのロイヤルティとかいうものではなく、単純な消費者が相互作用を通じてブームを起こす「情報カスケード」が発生したからです。
 消費者を知りたいと売り手は昔から努力してきました。そして、最新の学問、科学を駆使して、消費者である人間を知る探求は続いています。しかし、企業は、消費者を理解しその行動を予測したいということに集中するあまり、自分たち、つまりマーケティング意思決定者自体が人間であることを忘れがちです。人間であるマーケティング意思決定者は、自分たちの思考や感情の大半が無意識の過程で生まれることを忘れています。自分がなぜその決定を下したのか、その深層心理をさぐっていくと、自分では認めたくなくても、ただたんに、自分が正しいことをマスコミに認めさせたいとか、自分をバカにした銀行の役員をみかえしたいというのが本当の動機かもしれないのです。人間であるビジネスマンは、きわめて人間的な理由で、間違った判断をすることがあるのです。本書では、この企業の意思決定者の無意識にも焦点を当ててみました。
 現代マーケティングの基本であった市場セグメンテーションとかターゲティング理論が実情にそぐわなくなってきたことにも触れながら、これからどういったマーケティングが必要かという点についても書いてみました。テクノロジーの発達により、顧客とユビキタスにつながり、リアルタイムにデータを収集することができるようになりました。消費者と直接つながることは消費者をより理解することに役に立っているのでしょうか? CRMは万能薬なのでしょうか? 結論を先にいえば、CRMが役に立たない産業があります。また、いまの消費者は理性よりも感性に従って考え行動します。消費者が変わったわけではなく、以前にも似たような傾向が顕著だった時代はありました。マーケティングの歴史は繰り返しの歴史です。こういった結論をアタリマエと思う方もいることでしょう。私はマーケティングに従事する者である以前に消費者です。その消費者として、「消費者の声を聞く」とか「消費者のニーズに従う」という常套句には、ある種の嫌悪感すら覚えます。本書を面白いと思ってくださるとしたら、それは、筆者の一消費者としての観点が色濃く採用されているからであり、そしてこういった考え方は現在の情報通の「おりこうさんな消費者」の観点に通じるところがあるからだと思います。


書籍

ルディー和子 著
●定価1890円(税込み)●4-478-50258-7 ●270ページ

◎――――エッセイ

「できる子」を
つくる環境

北野 大

Kitano Masaru
淑徳大学国際コミュニケーション学部教授。工学博士。一九四二年東京都生まれ
東京都立大学大学院博士課程修了。専門は、環境化学。
経済産業省化学物質審議会委員、環境省中央環境審議会委員。

わが母は教育ママだった

 弟たけしのおかげで、私たちの両親は映画やテレビドラマの主人公になったりしてすっかり有名になってしまった。併せて母親の教育ママぶりも喧伝された。
 私たち兄弟の母親は、子どもたちに勉強を“強要”した。幸か不幸か私の兄と姉はまことに出来がよく、「北野の家は頭がいいんだ、できるんだ」と口癖のように母親が言うのももっともだと受け取れるし、何度もその言葉を聞かされているうちにその気になって、三番目の私も一心に勉強した。困ったことに後にビートたけしとなる弟は、遊びの天才として幼い頃からその天稟を現していたので、北野家の中で私はもっとも地味な存在だったと思う。優秀な兄、姉と突出した弟に挟まれながら、グレもせずにその地域では優秀とされる高校に進学できたのは、まったくもって母親のお蔭だ。
 教育ママというと悪いイメージを持たれがちだが、子どもにとって母親に叱咤激励されたりほめられたりすることはかけがえのないエネルギー源である。
 私の母が教育熱心だったのは強い向上心の表れだった。「学問をして大学に行き、手に職をつけなくてはいけない」というのである。手に職をつけることと大学に行くことは相反することのように思われるだろうが、母の理屈は違う。父はペンキ職人で大変腕がよかったのだから、立派に手に職を持った男だったのだが、母は科学技術の進歩に関心があった。だから「工学部に行け」と言う。「工学部に行って技術者になれ」と言うのである。

素朴なわが子第一主義

 私は詩や小説が好きでひそかにその一節を暗唱したりしていた。英語はとりわけ得意科目で、英文科に進んで将来は英語教師になりたいと思っていた。
 今にして思えば、英語を学ぶことも一種の技術を身につけることだし、教師なら資格職だから、母の思惑からそう外れてはいないのだが、母は「何がなんでも工学部」の一点張りで、私はそれに従って工学部に進学した。大学を卒業し、研究所の研究員として就職できたのは、私にとってまことに幸運だった。好きだった英語は、研究生活においても非常に有効だったし、よき仲間に恵まれて充実した研究生活を送り、その上今では念願だった教員生活を送っている。
 自分の子どもの教育は妻任せだったが、大学の教員になって子育てについて考えるようになった。私の時代と隔世の観があるのは当然としても、私の息子や娘を育ててきた時代と今とでもずいぶん変わってしまった。その最大の理由は家庭生活のあり方の変化ではないだろうか。
 朝、目が覚めると、台所で母が包丁を使うトントントンという音が聞こえてくる。東京の下町のわが家には、子どもに三度のご飯を食べさせ、学校にやることを使命と思う素朴な母親像があった。子どもが世間様に迷惑をかけないように、学校でまっとうに勉強するようにと願う。子ども第一で、参考書を買うなら、生活を切り詰めてでもお金を渡してくれた。
 今の親御さんは子どもの教育に熱心なように見えて、実は私の母のような熱情はないのではないかと心配になることがある。もちろん全部ではないが……。

親の姿勢を子どもに見せよう

 ひところ、かけっこがビリでも「足が遅いことは悪いことじゃない」という言い方がはやった。私だって、足が遅いことが悪いなどと言う気は毛頭ない。かくいう私も運動が苦手で、それでずいぶんみじめな思いをした。私が言いたいのは、この“みじめな思い”から逃げてはいけないということだ。足が遅いからといって、あるいは勉強ができないからといってダメ人間扱いされるのは理不尽だが、負けは負けである。かけっこにおいて、足が遅い者は速い者を素直に尊敬すべし。そして少しでも速くなりたいとがんばるべきである。学業もしかり。
 どうも、この頃は「ガンバレ」という言葉は禁句らしいと苦々しく思っていたら、ようやくがんばらせる先生たちが目立ってきた。それも、とても頭脳的なやり方で。
 本書で私が会った教育者たちは、自分のネットワークやスキルを駆使して子どもたちに最高の学習機会を与える努力を惜しまない。しかも指導の進め方に無理がなく、どの子も伸びる工夫をしている。その先生たちが口をそろえて、子どもにとってよい環境として挙げたのが、親の姿勢だ。
 親が勉強する子どもを応援するのは当然だ。学校に行く子どもを送り出す姿勢が、それを象徴する。親がテレビを見ながら子どもを机に向かわせようとしてもうまく行くはずがない。親が先生を尊敬せずして、子どもは先生の言うことを聞きはしない。
 親が勉強を教える必要などさらさらない。学校もあるし、塾もある。実際わが子の勉強を見てやるなんてことは、よほどできた親かできた子でなければやれるものではない。それよりわが子の生活に関心を持ち、一喜一憂してやろう。自分も向学心を持ち、学問を尊ぶ生活をしよう。休みの日くらいはのんびりしたいのもわかるが、子どもには会社でがんばっているお父さんの姿は見えない。子どもにも見えるかたちで、家庭のなかに勉強する雰囲気をつくることである。


書籍

北野 大 著
●定価1680円(税込み)●4-478-97058-0 ●200ページ

◎……著者が語る

『儲かる商売のナマ現場が見たい!』

書籍

戸田 覚 著
●一二六〇円(税込み)●4-478-76098-5

戸田 覚

ビジネス書作家・コンサルタント。営業マン、ヒット商品、企画書などのテーマを中心に、膨大な取材をベースとした数々のヒット作を生み出す。主な著書に『あのヒット商品のナマ企画書が見たい!』『できる営業マンは値引きナシ接待ナシで1・5倍売る』他多数。

逆境を勝ち抜く企業に丁稚奉公

 いまや、あらゆる製品やサービスに差がなくなりつつある。携帯電話、パソコン、自動車から、スーパーの店頭にある食品や各種消耗品までーー使い物にならないような粗悪品はほとんどなくなったが、逆にズバ抜けた商品を探すのも難しい。
 食器から自家用車まで、ユーザーは生活に必要な道具をすでに所有している。九〇年代初頭に久々の必需品として登場したパソコンは、およそ一〇年で会社と家庭に行き渡った。もはや、新たな需要は買い換えしかない。
 さらに、インターネットをはじめとする高度情報化社会の熟成により、ユーザーは簡単に価格やサービスを比較できるようになった。ネットにアクセスすれば、誰もが最も安い価格で同じ商品を買えるのだ。しかも、宅配の普及で、日本中どこへでも翌日には送られてくる……。
 他社より安ければ当然勝てる。値引きをするのは、ビジネスとしては最も簡単で、かつ一番効果のある手法だ。だが、利益なき不毛な値引き競争を繰り広げると、結果として体力のある大手企業しか勝ち残れない。この先、市場が拡大しないとすれば、値引きで売上を拡大する戦略は、あっという間に行き詰まる。
 僕は、中国での生産など、徹底したコスト削減で勝っている大手企業に興味はない。「安く売ろう」という戦略は簡単すぎてつまらないではないか。
 本書では、逆境にめげず勝っている企業を徹底的に取材した。他の会社に参考になる、「勝つためのノウハウ」を徹底的に教えてもらうのが目的だ。
 一番苦心したのは、ノウハウを開示する取材を受けていただくことであった。勝っている企業に丁稚奉公するつもりで本書を読み進めていただければ、必ず役立つノウハウが見つかるはずだ。
 勝ち組の持っている考え方を一言で言うならば、?逆張り?に尽きる。近所にディスカウンターができたなら、あえて価格競争からは手を引き、逆を考える。つまり、一〇〇〇円で売っていた商品を一一〇〇円で売るということだ。
 どうすれば、よそより高く売れるか。すなわち、知恵で勝つしかないのだ。
 特別なブランドも知名度もない革の鞄をエルメス並みの価格で売る店がある。シャツ一枚一〇〇円が当たり前のクリーニング市場で、一〇倍の価格で顧客を集める会社もある。無料サービスが増えている駐車料金に、あえて高いサービス料を付加して優良顧客を集めるショッピングセンターも……。
 本書を読んでいただければ、商売の本質が見えてくるだろう。それは、顧客サービスであり、付加価値である。成功した本物の持つ戦略、成功した考え方がどういうものか、しかとご覧いただきたい。

◎――――連載

小説 「後継者」第17回

第7章 意思決定会議

安土 敏

Azuchi Satoshi
◆前回までのあらすじ
スーパー・フジシロの創業者社長・藤代浩二郎が、提携先の大手スーパー・プログレスを訪問した帰り、車中で謎の言葉を残し急逝した。浩二郎社長が残した謎の言葉と、プログレスの悪辣な乗っ取り話の数々を知った堀越取締役は、プログレスの裏切りを目の当たりにし、フジシロ乗っ取りが確信になる。藤代浩介は、守田社長とともにプログレスの山田会長とゴルフをする。そこで持ち出されたのが、プログレスの傘下にフジシロが入るという提案であった。翌日、緊急役員会議が開かれ、プログレス傘下に入るか否かについて話し合われた。守田社長一派は、傘下に入るつもりである。浩介も意思決定会議において「フジシロが正しい評価額で買い取られるなら会議の決定に従う」と発言する。会議の主流は売却派に握られている。いよいよフジシロのプログレス傘下入りが決定するのか。

3

 プログレスからの資本参加の申し出を受けるかどうかの意思決定会議で、筆頭大株主である藤代浩介専務は「仮に企業を売却するにしても、適正に評価された時価で持ち株を買い取ってくれるなら、株主としてまったく損をしない。それなら異存はない」という趣旨の発言をした。それは本心だった。創業者であった父浩二郎とは違って、浩介にとってフジシロは、『世間が評価してくれる価値どおりの財産』なのである。伯父太一との雑談のなかで、ときに「フジシロだって立派なものだ、時価にすればいくらいくらになる」などと話す場合にも、類似会社との比較で正味資産を計算するのが普通だ。伯父太一にとっては、浩介以上に、事業そのものへの愛着はない。
スーパーマーケットだろうと何だろうと、ちゃんと儲かっていればいいが、そうでないなら、一日も早く事業そのものから撤収すべきであると考える。
 浩介は、そういう事業観をストレートに言葉にしただけである。
 しかし、それは「フジシロの株式を売却するかどうかについては、浩介は役員たちの決定に従う」という宣言だと受け取られたようで、プログレス山田会長に取り込まれているらしい役員たちは、あからさまにほっとした様子になり、「フジシロはいまが売り時」などと口々に発言した。彼らの前に立ちはだかったのは堀越で、「現経営者にそのまま経営を続けさせると言っておきながら、やがてその約束を反故にするのが、プログレスの常套手段だ。山田会長の罠にはまってはだめだ」と主張したのである。
 花崎が、憤然として反論した。
「しかし、堀越さん、もともと役員の任期は2年しかなく、次の期にふたたび役員に選任される保証などどこにもないんですよ。いわんや、業績が急激に悪くなったり、何か不祥事が起これば、任期中と言えども役員は責任をとって辞任するのが当たり前。プログレスの傘下に入ろうと入るまいと関係ありません。役員を続けていたいのなら、それなりの結果を出すことです。役員の地位を身分保障と勘違いしているのじゃないですかね」
「私が言っているのは、そういう意味ではありません。業績とか、不祥事とか、任期とかとはまったく無関係に、プログレスは、と言うより、山田会長は、甘いことを言っておいて、初めから現役員をほっぽり出すつもりだということを言っているのです」
「そんなことがどうして分かるのですか」と守田社長が、感情を押し殺した声で尋ねたので、かえって守田が興奮しているように聞こえた。
「山田会長の手口から考えて、そう考えるしかないのです」
「それは、いわれのない決めつけですね」と、守田は、反発の色を見せる堀越の目を避けるように会議室のなかを見渡した。「堀越さんの意見は分かりました。ほかの皆さんからの意見を伺いたい。自由に意見を言ってください。とても大切なことですから」
 この発言がきっかけになって、いままで意見を言わなかった役員たちが発言した。 「プログレスが当社との提携契約を反故にして、上町に食品売り場自営の店を出した場合、当社の中央店は、当然、大きな損失を出すことになると思いますが、当社は、会社全体として、その打撃に耐えることができるのでしょうか。耐えることができるのなら、私は、あくまで自主独立で行くべきだと思います。でも、もし耐えることができないなら、選択肢はありません」と言ったのは、情報室担当の坂本隆嗣である。いかにも坂本流というか、考え方の筋道を説明しつつ、その関連で自分の意見を言うスタイルである。
 坂本は、加工食品のバイヤー出身で、5年ほどまえから情報室の担当である。つまりコンピューター関係のシステム作りを仕事にしている。コンピューターの専門家ではないのだが、元々の発想法がシステム的だったのと、スーパーマーケットの営業に詳しいことが幸いして、彼が担当してから、フジシロの情報システムは飛躍的に改善された。夜遅くまで働くのが趣味のようで、その点もコンピューター関係の仕事に合っている。「会社に住んでいて、ときどき自宅に帰るらしい」などと陰口を言われている。それが耳に入っても怒らなかった坂本だが、重成がオケラと名付けたと聞いたときには激怒した。
 重成に言わせれば、ケラ、いわゆるオケラは、終夜活動型の代表的昆虫である。しかし、オケラではいかにもイメージが悪い。怒るのも無理がないということになって、さすがに本人のまえではだれもそう呼ばなくなったが、いつのころからか、陰で「ケラちゃん」と言われるようになった。オケラとケラちゃんとの間には、きわめて大きな差があるようで、それを人づてに知った本人も、今度は苦笑いをしただけだった。
「我が社が受ける打撃を計算してみました」と発言しながら、経理担当常務の葦原修作がB4のペーパーを配った。話し方も慌ただしいが、資料の配り方にも落ち着きがない。それが感染したようになって、一同、資料を慌てて手から手に回し、それぞれ手にとって見る。葦原のこの何となく慌ただしく、やかましいところをとって、重成は「ガチャガチャ」と名付けた。ガチャガチャは、クツワムシの別名である。
「損害は、2種類あります。第1は、中央店の2、3階からプログレスの衣料売り場がなくなる結果として生ずる家賃の減少で、仮に、プログレス退去後に適当なテナントが入らないでそのまま放置した場合、それは、年間約5000万円になります。すぐにいいテナントが入る見込みはないので、この損失は覚悟しなければならないでしょう。第2は、中央店1階のスーパーマーケット(食品売り場)が受ける打撃です。売上高は、開発部の堀越取締役の予測値で30パーセント減となります。そして、競合対策の安売りの結果、現在27パーセントの粗利益率が20パーセントになるとして計算すると、現在、約11億ある粗利益高が、競合発生後は約5億7000万円、つまり、粗利益ベースで5億円強のマイナスになります。一方経費は、強化策次第ですが、売上高減に伴う人件費の減少がある一方、チラシ経費の増加などもあり、当面は横ばいでしょうから、5億円のマイナスがそのまま損益の尻に出てきて、結局、中央店は、年間店舗利益2億円強の黒字から、3億円の赤字に転落することになります。ひたすら赤字幅を縮める方策をとれば、1〜2年後にはトントンにまで戻せるかも知れませんが、反対に、徹底的に価格競争を行えば、年間3億円の赤字が数年間は続くと覚悟しなければならないでしょう。これに、衣料売り場の損失5000万円を加えると、会社として、現状対比で年間5億5000万円のマイナスとなります」
「とても耐えられるものではない」と守田社長が嘆息した。そうだろうというような表情で役員たちの顔をひとわたり眺め回す。
「そこまではいかないでしょう」と販売促進担当の間宮輝男取締役が発言した。重成にナナフシと名付けられている。だれもそんな虫を知らないと言ったので、重成が解説した。
 まるで棒のような虫で、木の枝に止まっていると、枝と区別がつかない。いわゆる擬態をする。そのうえ、捕まると足を切って逃げ、その足は再生する。何とも自己保存術の巧みな虫である。「だから、間宮さんにそっくり」だそうだ。
「中央店全体の粗利益率を20パーセントまで落とせば、強烈な特売が打てますから、売上高は30パーセントも落ちません。冷食5割引、牛乳1リットル148円を続けることも可能です。青果の価格も、地域一番の安さが出せるでしょう」
 生鮮担当の狭山取締役の「いや」という声を筆頭に、「でも」「そうは言っても」などの声が数人から発せられ、会議室内は、しばらく騒然とした。
 数分そのままにしておいてから、守田社長が両手を目の前に掲げて振った。
 ようやく、全体が静かになった。
「中央店の損害の見積もりが最大になった場合でも、当社の現在の営業利益、経常利益の範囲内だ、だから当社は、その程度の打撃には耐えられるというようなご意見もあるようですが、私は、その見方には賛成できません。大きな見落としがあります。それは、プログレスと当社との競合が、中央店だけに限らなくなるだろうという点です。つまり、当社との関係を気にする必要のなくなったプログレスが、次々に競合店を出してくる可能性もあるのです」
 守田の新しい視点にちょっと虚をつかれたようになった顔もあったが、「それはあり得ません」と反論したのは堀越である。
「プログレスがGMS中心で店を作ってくるかぎり、スーパーマーケットであるフジシロと競合する店はきわめてわずかです。ほとんどないと言っていいでしょう。なぜなら、GMSとスーパーマーケットとは基本的な立地条件が違うからです。フジシロ(スーパーマーケット)なら、周辺に5000世帯程度の消費者が住む住宅地があれば十分成立しますが、プログレス(GMS)は商圏内に1桁多い世帯数、つまり数万世帯を必要とするでしょう。従って、フジシロの周囲に、プログレスが次々に競合店を出してくるなどという可能性はありません」
 守田が、あからさまにいやな顔を見せた。そして、この堀越の言葉に引き出されるように、思いがけない発言が出てきたのである。
「プログレスがGMS路線ばかりで行くという保証はありません。大型のGMSの周辺に小型のスーパーマーケットを出してくるということだって考えられます。それを別会社にして、本格的にスーパーマーケット業界に殴り込みをかけてこないともかぎりません」
「そんなことは」と言いかけて、堀越は口を噤んだ。その先に、「プログレスには、スーパーマーケットを展開する技術がありません」と続けようとした瞬間に、恐ろしい考えが浮かんだからである。もし、フジシロが株式の買収に応じなかった場合、プログレスは、フジシロの役員や社員を引き抜いて、スーパーマーケットの新会社を設立してくるかも知れないのだ。
 幾人かの頭の中に、同じような考えが浮かんだと見えて、会議室の中の空気が変化した。
 それまで、長い時間、黙って聞いていた浩介が尋ねた。
「守田社長、山田会長がそんなことを言っていたのですか」
「いや、そういうわけではないのですが」と、守田は慌てた様子で言った。「いや、あくまで可能性の問題です」
「あくまで可能性の問題か」と浩介は口の中で呟いたが、その言葉に、何かを思い出させるような感じがあった。
「あくまで、か」
 あくまで、あくま、あくま、悪魔か。
「悪魔がひとり」と死に際に言った父浩二郎の言葉が、思い出された。
 あれは、「悪魔がひとり」ではなく、「あくまでひとり」ではないか。
 浩介は、はっとなって目を上げた。

4

 会議室内で交わされる役員たちの議論を十分に聞いていたつもりだが、先ほどから、浩介の頭の中には、父浩二郎が死んだ日からの、いろいろな出来事が、次々に浮かんできていた。
 ゴルフ場にかかってきた、「父浩二郎倒れる」を知らせた電話。あれは戸高カントリー倶楽部の西コース15番ホールだった。フェアウェイ右手のはるか彼方に満開の桜が見えていた。
 それから慌ただしく時が過ぎ、伯父の太一に「お前はまだ無理だから、守田を社長にしよう」と言われ、それを浩介自身が納得した。しかし、それでよかったか?
 守田が社長になってから、会社はまったく違った雰囲気になった。そこに飛び込んできたのが、上町サイトがらみの話だった。プログレスが、共同出店の約束を破って独自で店を作ろうとしているとの疑いが事実と判明するや、プログレス山田会長から資本参加の申し出があった。しかも、開発担当の堀越取締役とその部下の重成が、守田社長以下、数人の役員たちにプログレスの息がかかっているなどとも言う。
 それから、どういうわけか、詠美という、あの美しい流通論の先生が出現した。ゴルフ練習場で会ったのだ。まさか、ハンデなしで、敗北するとは思わなかった。プロゴルファー崩れだと自称したが、それも十分に納得できる腕前だった。
 腕前? そう、ゴルフとは面白いものだ。実に奥の深いゲームだ。いくら努力しても、所詮、ハンデを1つか2つ減らせるかどうかということなのに、一所懸命努力する。
 仲間たちとゴルフをやっていると、人生は、これだけで十分という気分になってくる。どこに、ゴルフより面白いゲームがある?
 いや、あると言った。詠美が、スーパーマーケットはゴルフ並みに面白いと言った。
 プログレスと競合して負けたスーパーマーケットと勝ったスーパーマーケットを見た。スーパーマーケットの勝ち負けなど、所詮、価格かと思っていたのだが、そうではないと詠美は言う。じゃあ、高級化かと尋ねても、そうではないと言う。
 ゴルフはドライバーの飛距離だけじゃないのよ、と言われたような気がした。
 それなら、分かる。確かに飛距離だけじゃない。いろいろな技術がある。ピンに向かって打っていくときの距離感。グリーン上での球の転がり方。そもそも、ゴルフのスイングが面白いのだ。あれほど奥深いものが、詠美の言うように、スーパーマーケットの仕事にあるのだろうか。
 そういうものがあるなら、プログレスと闘う価値がある。所詮、価格競争だというのなら、規模のでかいところには敵わないが、技術があるなら、受けて立ってもいい。
 プログレスの山田会長は嫌いだ。慇懃無礼だ。頭からフジシロを馬鹿にしている。  あくまで、ひとり。
 そう、浩二郎は、そう言ったのだ。あの山田会長の下につくなどまっぴらだと、そう言ったのだ。「欲惚け」は、猛烈な反省の言葉だった。プログレスと共同出店提携ができれば、フジシロは安泰だと錯覚した気持ちの裏に欲があったと浩二郎は悟ったのだ。それを、浩介に伝えようとして電話をとったのだが、ゴルフ場にいた浩介とは話ができなかった。
 浩介は、目を上げた。その目に、正面の壁にかかった額が飛び込んできた。福沢諭吉の言葉が書いてある。独立自尊。
 独立自尊、あくまでひとり。
 浩介は、いきなり言った。大声だった。
「おい、独立自尊で行こう。あくまでひとりだ」
 会議室のなかが静まりかえった。
 すべての人の目が、怪訝な表情を浮かべて、浩介を見ている。
「大丈夫か?」と、どの目も語っている。
「オーナーとしてではない。経営者、専務として、さらに言えば、父浩二郎の遺志を継ぐ者として、フジシロは独立路線で行くべきだと思う」
「専務、何を突然」と守田社長が言いかけたが、浩介はそれを抑えるように、「スーパーマーケットはゲームだ。面白いゲームだ。ゲームなら、勝たねばならない。ゲームに勝つには楽しむことだ。楽しみつつ技術を磨くことだ」
 浩介は守田社長のほうを見た。
「社長、大丈夫です。スーパーマーケットをやります。一所懸命、サポートします」
 結論がいきなり出た。
「うーむ」
 守田は驚いた目を宙に泳がせていた。
 堀越をはじめ一部の役員の顔には、歓喜の笑顔が浮かんでいた。

 5分後、会議室からぞろぞろと出てきた役員たちは、まるで申し合わせたように固い表情だった。誰にも、ひとつの区切りがついたという感じはあったが、この会議が、それぞれの運命の分かれ目になるとまでは思っていなかっただろう。
(つづく)

◎――――連載

●連載エッセイ ハードヘッド&ソフトハート 第45回

民主党マニフェストに見る
「第三の道」

佐和隆光

Sawa Takamitsu
一九四二年生まれ。京都大学経済研究所所長。専攻は計量経済学、環境経済学。著書に『市場主義の終焉』等。

サッチャリズムと「第三の道」

 この原稿が掲載される頃には衆議院選挙が公示され、九月一一日には総選挙が行われる。執筆時点である八月後半、各政党のマニフェスト(政権公約)が公表されつつあるが、マニフェストとは盛り込まれた政策の「思想」が開示され、同時に数字の整合性が満たされたものでなければならない。さもなければ、それはポピュリズム(大衆迎合)のためのアッピールにすぎず、とてもマニフェストとは言いがたいものとなるからである。
 現時点で私が目を通したのは民主党のマニフェストだけだが、好き嫌いは別にして、少なくとも私は「首尾一貫性のある出来のいい迫力に富むマニフェスト」だと評価したい。以下、民主党のマニフェストに関する私見を、とりあえず経済に関する箇所について批評してみよう。

 日本の市場経済は不自由・不透明・不公正のまま、長年にわたり放置されてきた。それを自由・透明・公正なものに創りかえることが、構造改革(市場主義改革)にほかならないと私は考える。小泉構造改革は、自由・透明な市場を創ることに力点が置かれ、公正という価値規範はないがしろにされる嫌いがある。かねて私は「市場主義改革は必要だが十分ではない。必要十分な改革とは、市場主義改革と『第三の道』改革の同時遂行でなければならない」と主張してきた。
 イギリスの場合、一九七九年に就任した保守党のサッチャー首相は矢継ぎ早に市場主義改革を推し進めた。国営企業の民営化、各種規制の緩和・撤廃、大胆な歳出削減などがそれである。しかし、究極のサッチャリズムともいうべき「人頭税」(それまで固定資産税を主としていた地方の歳入を、一八歳以上の全住民が一人当たり年額約一〇万円ずつ均等に負担する仕組みの税制)の導入が付け火となって、ついにサッチャリズムの屋台骨は燃え尽きた。その後を襲ったメージャー首相は、多少の軌道修正をほどこすにとどまったが、結果的に、一九九七年五月の総選挙で労働党が圧勝し、一八年間続いた保守党政権に終止符が打たれた。
 労働党の勝因は、「ニューレーバー」という言葉に象徴されるとおり、オールドレーバーの階級政党色を拭い去り、包括政党として出直したことにある。このとき新しく登場したブレア政権の金看板こそが「第三の道」にほかならない。オールドレーバーの志向する社会主義的政策を仮に「第一の道」とするならば、市場万能主義のサッチャリズムは「第二の道」。そして、両者の「良いとこ取り」をするのが「第三の道」である。一方において市場の効率性を尊重しつつ、他方において所得格差の拡大や公的医療・教育の荒廃をもたらしたサッチャリズムの軌道修正を図ろうというのである。
 もう少し詳しく言えば、「第三の道」改革は、第一に「排除」される者がいないという意味での「平等」な社会を目指す。そして第二に、福祉に「自分という人的資源に投資するための原資を提供する」というポジティブな役割を担わせる社会(ポジティブ福祉社会)を目指す。従来の福祉は、高齢者、失業者、身体の不自由な人びと、極端に貧しい人びと(つまり社会的にネガティブな立場にある人びと)に生活費を支給するものであった。こうしたサッチャリズムの福祉政策をセーフティネットに例えるとするならば、「第三の道」の福祉は、次への跳躍台になるものという意味でトランポリンに例えられるのである。

年金改革と教育改革

 では民主党マニフェストにおける福祉政策を見てみよう。「すべての年金を一元化」「年金目的消費税を財源とする老後の最低限の保障(月額七万円)」を二本の柱とする年金改革は、「排除」される者のいない社会をつくるという「第三の道」改革の一翼を担うものといえよう。また、夫の収入の半分を専業主婦の収入とみなす(共働きの場合は足して二で割る)ことにより、専業主婦の年金権を確立するという提案の意義もまた深い。
 さらに、医療の改革や医療技術の革新を強調していること、そしてスポーツ振興で健康を増進すると提案していることに対して、病人を少なくすることが医療保険財政の破綻を回避するための最善の策であるという意味で、高い評価を与えたい。一般に、福祉財政の破綻を防ぐには、福祉のお世話にならなければならない人の数を最小限に食い止めることが、最も賢明な方策なのである。
 小泉構造改革の目玉の一つである三位一体改革では、税源を地方自治体へ移譲するのと引き換えに、義務教育費の国庫負担を廃止することが謳われている。かねてより私は、国庫負担の廃止は義務教育の地域間格差を拡大し、地方に生まれた優れた人材を無駄遣いし、その挙げ句、国を滅ぼすことにつながりかねないと考え、「絶対反対」の論陣を張ってきた。
 だが、民主党のマニフェストには「児童・生徒の生きる力(学力・体力・人間力)を高めるために公立小中学校改革を行います。保護者の経済力や社会的立場にかかわらず、質の高い学習機会をすべての子どもたちが等しく享受できるよう、公立小中学校の改革を断行します」とある。そしてさらに「公立学校における教育の質を確保・向上させるため、国から設置者(基礎自治体)に直接交付する教育一括交付金制度の導入などにより、学校現場で必要な教育予算の確保に万全を期します」と続く。
 日本の子どもたちの学力低下には、目を覆うばかりのものがある。また、大学入試のための勉強しかしてこなかった大学生の幼児性にもまた、世界に類例を見ないほどのものがある。「教育は国家百年の計」といわれるが、マニフェストのなかで、教育・文化について触れられたことは、まことに意義深い。
 究極のサッチャリズムの立場からすれば、国のやるべきことは「国防、警察、消防」の三つに尽きる。たしかに、日本の政府はあまりにも多くのことをやりすぎている。とくに、政府がやるには「小さすぎる」ことを、日本の政府はあまりにも多くやってきた。その類の行政は地方自治体、あるいはNPOにゆだねるべきである。その意味で、民主党のマニフェストが「市町村に権限・税財源を優先的に移譲し、住民が主役の社会をつくります」と言うのは正鵠を射ている。ただし、義務教育については、その運営は設置者である市町村区の裁量に委ねつつも、その費用の一部を国が負担すべきである、としている点は正論として高く評価したい。

財政健全化と郵政改革

 財政の面で見ると、民主党は、国の一般会計のプライマリーバランス(国債借り入れ、国債償還と利払い費を除く財政収支)を八年間で黒字化するために、最初の三年間で徹底的な歳出改革に取り組むことを、費目別に数字を挙げて宣言している。次の五年間では、さらなる歳出改革を推し進めつつ、歳入改革も並行的に行うとする。
 たしかに、長いあいだ国立大学の教官(現在は国立大学法人の教員)を務めてきた者の一人として、国立大学がいかに人件費・物件費ともども無駄遣いをしているかを私は痛感している。歳出改革の余地は、まだまだ残されていると私にも思える。
 そして問題の郵政改革について民主党のマニフェストは、当面は公社の経営形態を維持しつつ、貯金や簡易保険の肥大化を回避するために、限度額の段階的引き下げを行い、五〇〇万円にまでもってゆくとする。その結果、郵貯も簡保も残高がおおむね半減することになるから、深刻な雇用問題は避けがたい。
 もともと私は、郵政事業が公社化されたときから、公社職員がなぜ公務員であり続けることができるのか、その法的根拠について訝っていた。ちなみに、国立大学は法人化と同時に教職員は非公務員化された。また、中央府省庁に附置されていた研究所は独立法人化されたが、その職員の一部はすでに非公務員化されているし、二〇〇六年度からはすべての独立法人研究所職員が非公務員化される予定である。ともあれ、郵貯と簡保の規模縮小は「人減らし」を余儀なくする。となれば、非公務員化は避けて通れない道だといわざるをえまい。
 自民党の郵政民営化案と民主党の郵貯・簡保の規模縮小案を見比べると、本音ベースでいえば、銀行・保険業界は後者を好むに違いあるまい。なぜなら、自民党の民営化案によると、郵貯・簡保という「巨象を野に放つ」ことになる。民営化した巨象の手足を、限度額などによって縛ることはもはやできない。郵貯銀行には融資の専門家がいないから、野に放たれた巨象は飢え死にせざるをえまいという人がいる。しかし、融資の専門家を内外の銀行からリクルートしてくれば、それで十分用が足りるはずである。
 貯金残高二二〇兆円もの巨象を国が飼育してきたことは、取り返しのつかない過誤として認めざるを得まい。ただ、「官業による民業の圧迫」とはいうけれども、手足を縛られた巨象の存在は、民業である銀行にとって、さほど目障りではなかったはずだ。縛りを解き放たれた巨象が野に放たれることを、銀行業界は怯えているに違いない。

温暖化対策税の導入

 民主党のマニフェストは、環境省にとっては救世主のように映るであろう。「地球温暖化対策を強力に推進します」と謳ったうえで、「地球温暖化対策税を創設します」と明言し、税収の使途に関しては、「省エネルギー・新エネルギーの技術開発、設備投資、普及などに優先的に配分します」という。
 税制の内容も昨年の環境省案とほぼ同じであり、新(自然)エネルギーの重視という点でも、マニフェストは環境派の願うところを明記している。

 以上、民主党のマニフェストに盛られた経済に関連する諸点について批評を加えてきたが、総じていえば、イギリスのブレア政権のいう「第三の道」改革を適切に取り込んだ内容となっている。
 ブレアのニューレーバーが一九九七年五月の総選挙で圧勝を遂げた理由のひとつは、保守党とオールドレーバーのいずれもが関心を示さなかった地球環境問題への対応に高い優先順位を与え、市民団体との連帯を培ったことにあるといわれる。教育問題や環境問題について、断固たる取り組みの姿勢を示してみせた民主党マニフェストは、その意味でも、ブレアのニューレーバーに一歩近づいたことを示唆するものと私には読めたのである。

◎――――連載

瞬間の贅沢 第7回

武田双雲

Takeda Souun
1975年熊本県生まれ。書道家。
http://www.fudemojiya.com/futaba-mori/souun.htm


書籍



愛は
受けとる力があってこそ、
与えられるもんだ。

愛は
こんなにも身近に転がっていたんだ。

◎――――編集後記

内定者フォローツール「フレッシャーズ・コース」

▼就職“氷河期”などと言われていた時代も今は昔。昨年から続く企業の採用増の流れを受け、もはや完全に学生側の「売り手市場」となった新卒採用現場では、「歩留まりが全く読めない」「予想外の内定辞退で、まだ追加の会社説明会をやっている」など、人事・採用担当者の焦りの声が聞こえてきています。
そんな中、六月の発売から注文が殺到しているのがダイヤモンド社の「フレッシャーズ・コース」。人事部から内定者へ送る、いわゆる内定者向け教材なのですが、新社会人に必須の基礎知識や心構えが、著名人インタビューなどを交えた雑誌スタイルのテキストにまとまっており、メール世代の学生達にも「読みやすい」と好評です。  今や「内定者フォロー」はあって当然、その内容を選ぶ時代です。ご興味のある方は、http://jinzai.diamond.ne.jp/まで。 (松本)

マーケティング局より………

▼ご愛読いただいております『Kei』が10月号から変わります。と言っても、華々しくリニューアルする訳ではありません。実はこの『Kei』ですが、企画・進行管理・制作までを小社書籍編集部員が一手に引き受け、発行に至っております。通常の書籍編集業務に追われながら、原稿執筆者の発掘、他の書籍編集部員への原稿催促、はたまた表紙を飾る書籍の写真を撮るカメラマンと業務も多岐にわたります。これらの負荷の大きさに耐え兼ねた担当者から、このままでは存続が危ぶまれるという悲鳴があがったのです(やや大袈裟)。
 ということで、『Kei』は一〇月号からダイヤモンド社の書籍PR誌として再スタートするために宣伝部がお手伝いさせていただくことになりました。『Kei』ファンの皆様のご期待に応えられるように努力してまいりますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。 (岩佐)

編集室より………

青色LED開発で著名なカリフォルニア州立大学サンタバーバラ校教授の中村修二氏。彼の最新刊『ごめん!』発刊に併せて、先日、早稲田大学と九州大学で講演会を催した。早大では教室が満席で立ち見が出るほど。九大でも600人収容の会場に700人が来場の盛況ぶり。急遽別室を開放し、モニターを通して講演の様子を放映した。新刊は、これまでの青色LED開発ストーリーに加え、アメリカでは被告、日本では原告の自らの体験から、主に日米での裁判の違いに焦点を当てて書かれている。講演でも、悪と正義で裁く米国式裁判と多くの人へ利益を与える利益衡量の精神と書類で裁く日本の裁判の違いを、中村教授独特のキャラクターでおもしろおかしく話し、会場は時に笑いが満ちた楽しいものだった。彼の件に限らず日米裁判の違いは知っておきたいこと。ぜひとも『ごめん!』を一読していただきたい。 (田代)

「Kei」について

「Kei」はダイヤモンド社の広報誌として全国主要書店でお配りしている小冊子「Kei」の電子版です。

論文の投稿を歓迎します

「Kei」では、経済・経営に関する論文の投稿を受け付けております。字数は1000〜4000字。受け付けは電子メールのみです。冒頭に概要、氏名、略歴、住所、電話番号、電子メール・アドレスを添えてください。採否についてのお問い合わせには応じられません。採用の場合は編集室より電子メールでご連絡します。受け付けのアドレスは以下のとおり。

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